兵庫頸損連絡会の紹介

私たちは頸髄損傷者(略して:「頸損(けいそん)者」と言います)です。日々の生活に不安を感じることなく安心して暮らせるように情報発信、情報交換、問題解決などの拠点として兵庫県にも頸髄損傷者連絡会(略して:「頸損連絡会」と言います)を設立しました。

頸損連絡会とは、頸損者の生活を明るく豊かにする目的で、東京に本部を置き全国頸髄損傷者連絡会が結成されました。各都道府県に連絡会が設立されていますが、近畿圏では、大阪、京都にそれぞれ連絡会があり、全国頸損連絡会の支部として独立した活動を行っております。頸損者を取り巻く社会環境を改善するためには、各地域での活動が必須となります。特に、兵庫県はエリアが広く、行政サービスもまちまちで格差がありすぎるのが現状です。

そのような現状を踏まえて自分自身に何ができるかを考え日々の生活を明るく楽しく暮らしてみませんか。

現在、頸損のことで困っておられる方、興味がある方、ボランティアで協力してあげようと思われる方は下記連絡先までご連絡ください。

メーリングリスト参加のご案内

兵庫の活動を盛り上げてみようと思う方、兵庫独自の情報がほしいと思う方、面白そうやから覗いてみようと思う方は、是非参加してください。参加を希望される方は hkeison@yahoo.co.jpまでメールをください。

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11月2日シンポジウム 人工呼吸器を使用して自由に生きるために


○このシンポジウムは、公益財団法人キリン福祉財団「キリン・地域のちから」応援事業の助成を受けています。

人工呼吸器を使用して自由に生きるために
-人工呼吸器ユーザーが求めること、支援者に求められること-

人工呼吸器をつけると外出できないの?
人工呼吸器をつけると旅行はできないの?
人工呼吸器をつけると働くことはできないの?
人工呼吸器をつけると結婚できないの?

10数年前にはひとり暮らしをする人工呼吸器ユーザーはあまり見られませんでしたが、時代の流れとともに社会の受け入れ態勢が進み、地域で自立した生活を行う者も少なくはありません。生活に多くの課題を抱えながらも社会に自身の役割を見出し、心豊かな生活を目指そうと奮励努力しています。
でも、考えてみてください。今の時代、人工呼吸器を使用していても、当たり前に「自由な意思」のもと、数多くの選択肢がある豊かな生活が送れるようになっているでしょうか?

  本シンポジウムでは、全国で人工呼吸器を使って在宅で暮らす頸髄損傷者をはじめとする肢体不自由者に幅広く呼びかけ、実際にどのような暮らしをしているのか、自己実現していること、自身が生活する上で問題となること、課題解決のために求める要望、どのように暮らしを守り、どのような支援があれば自由な意思を守ることができるのかを聞き、一緒になって考え学びます。

開催日・場所
  日時:2019年11月2日(土) 9:30受付 第一部10:00~12:00 第二部13:30~17:00
  場所:神戸市勤労会館 大ホール  〒651-0096 神戸市中央区雲井通5丁目1-2
     市営地下鉄・JR・阪急・阪神・ポートライナー各三宮駅から東へ徒歩5分。
     https://www.kobe-kinrou.jp/shisetsu/kinroukaikan/

シンポジウム構成
   第1部では人工呼吸器ユーザー、ドクターを交えた鼎談
米田進一(兵庫頸髄損傷者連絡会)
土岐明子(大阪府立急性期・総合医療センター)
宮野秀樹(兵庫頸髄損傷者連絡会)
   第2部では4名の県内外から招いた人工呼吸器ユーザーからの報告&パネルディスカッション
   ※会場で福祉機器・用具メーカーの商品展示も予定

参加費 無料

問い合わせ
兵庫頸髄損傷者連絡会 人工呼吸器シンポジウム実行委員会 運営事務局
〒669-1546 兵庫県三田市弥生が丘1丁目1番地の1 フローラ88 305B
特定非営利活動法人ぽしぶる内
TEL 079-555-6229 FAX 079-553-6401
E-MAIL hkeison@yahoo.co.jp  URL http://hkeison.net  担当:宮野秀樹

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9/28(日)秋の大バーベキュー大会

今年も例年通りバーベキュー大会を行う予定です。
ここ数年は台風の影響で中止にせざるを得なかったので、今年こそは開催出来ればと思っております。
是非みなさまご参加下さい。
よろしくお願いいたします。

■秋の大バーベキュー大会
■日時:2019年9月28日(土) 12:00~15:00
■場所:大蔵海岸バーベキューサイト「ZAZAZA」(屋根あり)
※受付は朝霧駅から連結している歩道橋の下、モルツマーメイド号前で受付を行います。
小雨決行!!

◆参加費:障害当事者、一般 3,000円 介助者 1,500円 学生 1,000円
※飲食をしない当事者・介助者は必ず事前にお知らせください。

●アクセス
最寄り駅はJR朝霧駅です(会場まで徒歩5分)
お車でお越しになる際は契約駐車場をご利用下さい。(障がい者手帳提示で割引き有)
各情報をご確認の上、参加申込をしてください。
※最終申込締切日:9月19日(木)
参加をご希望の方はお名前、人数を書いてhkeison@yahoo.co.jpまで返信してください。
出来ましたら人数把握のため参加・不参加・未定いずれにしても、
一旦9月11日(水)までに、皆様のお返事宜しくお願いいたします!

☆お問合せ先
〒669-1546 兵庫県三田市弥生が丘1丁目1番地の1 フローラ88 305B
特定非営利活動法人 (ぽしぶる 内)TEL079-553-6400
e-mail:hkeison@yahoo.co.jp  HP:http://hkeison.net/
担当 土田 米田

皆様、呼びかけに御協力いただきますよう、よろしくお願いいたします。
皆様のご参加お待ちしております。

2019bbqチラシ

 

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3月4日(月)、5日(火)障害者100人でUSJに行こう!! 障大連交通部会&おにごっこ実行委員会企画

(5) NPO法人ちゅうぶ – ホームより

3月4日(月)、5日(火)の二日間、みんなでUSJを楽しんで、チェックする企画です。

障大連交通部会&おにごっこ実行委員会企画。ちゅうぶが中心で取り組んでます。
当日飛び込み参加もOKですが、
できるだけ障大連(電話06-6779-8126 FAX06-6779-8109 メール nakamura500@e-mail.jp
に申し込みお願いします。
参加費は自腹でお願いしますm(__)m

基本10時集合ですが、多少前後しても大丈夫。入場口手前で9時~11時頃までは待っています。

大人気のUSJ、オープン当初は世界一のバリアフリーを標榜していましたが、なぜか制約が増え、障害者にはあまり楽しめないテーマパークになった感じです。

ところが昨年から会社組織が変わり、アメリカ基準になるそうです。園内の段差も全部無くすそうです。ただ、肝心の乗り物、アトラクションがどこまで楽しめるか、が問題。

例えば…車いすのまま乗れるボートがあるジョーズも、電動車いすでも乗れるのに「100㍍歩けますか?」と聞かれます。ハード面よりもソフト面に課題がいっぱい。

障害者差別解消法からみても問題なので大阪市も動いてくれてますが、たくさんの「生の声」が必要です。

車いすだけでなく、視覚、聴覚、知的、精神等々、誰もが楽しめるテーマパークのためには何が大切か、どう変えたら良いのかを、実際に楽しみながら考えましょう。
健常者の参加も大歓迎です。

当日は、USJが初めての人でも楽しめるようにマニュアルやスタッフを用意します。

みなさんのご参加お待ちしていますm(__)m


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活動報告 福祉機器展「バリアフリー2018」 「縦横夢人」2018年春号(No.20)2018年5月14日発行

活動報告 福祉機器展「バリアフリー2018」 「縦横夢人」2018年春号(No.20)2018年5月14日発行(PDF)

活動報告 バリアフリー2018

土田 浩敬

1、はじめに
 毎年、インテックス大阪にて開催される、西日本最大の福祉機器展「バリアフリー2018」へ行って来ました。今回は、その報告として、みなさまにお伝えいたします。

2、概要
◎ 高齢者・障害者の快適な生活を提案する総合福祉展として開催されている。
◎ 日 時:2018年4月19日(木)、20日(金)
    21日(土)の3日間
◎ 場 所:インテックス大阪
    〒559-0034 大阪市住之江区南港北1-5-102
◎ 来場者数
  4月19日(木) 28,633人
 4月20日(金) 27,192人
  4月21日(土) 32,435人
 3日間合計 88,260人

3、様々な福祉機器
 私がバリアフリー展に来場するのは、8回目くらいになります。毎年来てみて思うことは、とても広いということ。なので、どこから見ていけばいいのか分からなくなります。今回はあらかじめ、見たいものをピックアップして、無駄なく回ろうと決めていました。
 日本リハビリテーション工学協会、スロープ、最新の電動車椅子、靴を履きやすくする用具、介助補助ロボット、日本リハビリテーション工学協会(以下をリハ工とする)ワークショップ。これらを中心に見て回りたいと考えていました。

4、会場内を散策
 まず、リハ工のブースへ向かいました。少し散策していると、リハ工関係者の方に遭遇したので、挨拶を交わして“リハ工のブースはどこか”と尋ねると、目の前にありました。そして、すぐ隣には電動車椅子で有名な「ペルモビール」のブースがあったので、最新機種を見てきました。以前から、直立するものや、座面が上昇する機種はあったので、同じものかなとよく見てみると、動きが滑らかでなんだかカッコいい。少しずつマイナーチェンジされているのでしょうか。それから、電動車椅子の「will」が近くにあったので、そちらも見学に行きました。willは日本製でスタイリッシュなデザイン。車椅子というよりも、近未来的な乗り物に見えます。こちらの特徴は、前輪に特徴があって、曲がる際に前輪が行きたい方向へ向かうのではなくて、タイヤ自体が横回転して車椅子の向きを変えるのです。これは、実際に見てみないと分かりづらいです。その後、時間が無くなってきたので、リハ工のワークショップへ向かうことにしました。

5、リハ工ワークショップ
 今回のワークショップの主役は兵庫頸損連の米田進一さんです。
 内容は、人工呼吸器利用者である米田さん自身が、ハワイへ行かれた報告です。人工呼吸器利用者であるが故の、航空機利用時における苦労や工夫、そしてハワイでの滞在状況を写真と共に講演されました。重度障害者なら誰もが感じる、航空機利用時に対する問題を米田さん自身が、どのように対策されたのかを、写真や動画を合わせて伝えて、参加された方々と共有しました。

6、まとめ
 毎年ながら、1日で見て回るのは難しいと感じます。様々な福祉機器が展示されている中で、自分が探しているものを、見つけ出すのは容易ではないでしょう。ただ、偶然に発見した福祉用具が、たまたま欲しかった物である時もあります。そんな偶然に出会う福祉用具も、何かの縁があるのかもしれませんね。毎年変わりゆく福祉機器展。みなさんも、来年訪れてみてはいかがでしょうか。


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3/31(日)大阪頸髄損傷者連絡会企画 春のレクリエイション「復建 尼崎城に行こう!」

大阪頸髄損傷者連絡会企画

2018年度 春のレクリエイション 「復建 尼崎城に行こう!」

尼崎城は、約四百年前の一六一七(元和三)年、江戸幕府の命令で、近江の膳所藩から尼崎藩へと領地替えをした譜代大名、戸田氏鉄(うじかね)により、翌年から数年かけて築かれた。約三百メートル四方、阪神甲子園球場の三・四倍に相当する広大な敷地に建てられた城で三重の堀に四重の天守という「大坂の西の守り」を担った名城でしたが、一八七三(明治六)年の廃城令を受けて天守や櫓、石垣などが取り壊され、全国的にも珍しく地上から完全に姿を消した“幻の城”です。今回百四十年ぶりに再建されたのは、四重の天守と二重の付け櫓で十七年十二月から、かつての場所からは約三百メートル西の公園で、左右反転させる形で再建されました。

■日時…2019年3月31日(日)
阪神尼崎改札前集合

■行程   13:00   阪神尼崎改札前集合
13:30~  行事開始
13:40~  尼崎城見学
14:10~  イベント等見学
16:00   終了・現地解散

*雨天決行いたします。(雨具は各自ご用意ください。)

■参加費…入城費:当事者500円(3割引き)、介助者500円(5割引き)予定
(障がい者手帳(コピー不可)の提示が必要)

■参加申し込み、および学習会のボランティアをしていただける方は、
もしくは事務局 info@okeison.com・fax:06-6355-3702 までご連絡ください。

お待ちしています☆

※参加、ボランティア希望の方も3月23日(土)までにご連絡ください。

2019.3.31春レク(チラシ)190210


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初海外チャレンジ報告 「縦横夢人」2018年春号(No.20)2018年5月14日発行

初海外チャレンジ報告 「縦横夢人」2018年春号(No.20)2018年5月14日発行(PDF)

初海外チャレンジ報告

米田 進一

1.はじめに
 2007年に入会し昨年で10年を迎えたことから、昨年11月下旬、入会当初の目標だった海外デビューをしました。“今年こそハワイへ行きたいねん”と題し、呼吸器を使用していても大丈夫なのか?不安もありながら海外旅行に初チャレンジすることにしました。その報告と実際に感じた事を記述したいと思います。

2.なぜハワイに行こうと思ったのか。
 前号にも書きましたが、2007年に開催された市民公開講座で数名の人工呼吸器ユーザーが集まり、受傷して在宅生活に戻るまでの話をする中で、今後の目標の一つとしていた海外旅行を掲げていました。海外は近くのアジアとかでもよかったのですが、暖かい気候で、憧れでもあり、一度は行ってみたいと思っていたのがハワイでした。また、家族をハワイに連れて行ってあげたい思いがあったのですが、いきなり家族と行く事に対し抵抗がありました。まずは自分で行ってみて無事に帰って来られるかを自身の目で確かめ、行く行くは観光案内をしてあげたいと思い、海外旅行に慣れている宮野さんと行くことを決め、計画を実行する事にしました。受傷した当初は本当に海外に行けるとは思っていなかったのですが、新幹線で遠方へ行き外泊したことや飛行機を利用して沖縄旅行を体験したことから、少しずつ自信をつけることができました。また、10年前にカナダの人工呼吸器使用者のダン氏が来日されたとき、呼吸器使用者が長時間のフライトに耐えて来日された姿を目の当たりにした事で、「いつかは自分でも行けるのではないか」と思っていました。入会から10年の節目を迎え自分なりに思い切ったことをしたいと思い、ハワイ旅行を計画しました。

3.家族の反応は?
 旅行の話を切り出した時(昨年8月初旬)は当然の如く反対でした。身体を心配していた事から、「呼吸器を付けているので無理」という一言で反対される事は分かっていました。母親には「人工呼吸器が故障したらどうするの?」、妹からは「フライト中に気分悪くなったらどうするの?」と色々な質問をぶつけられましたが、予想通りの展開だったので、「家族以外で旅行に行っても同じだろ」と言い返しました。家族の理解を得て前に進む事に大きな壁が立ちはだかりました。何度も話し合い、ハワイ旅行体験者で二戦錬磨?の「宮野さんと一緒に行く事になった」と伝えると渋々承諾してもらえたので、次の機会(今年の予定)に家族をハワイへ連れて行く事を約束し計画を進めました。

4.準備を始める
 一昨年の12月に宮野さんがハワイに行ったことを知っていたので、昨年8月に宮野さんにハワイ旅行について相談しました。偶然でしたが翌月9月に3回目のハワイに行くことも知り、私1人で行くことに漠然とした不安があったので、ダメ元で宮野さんに「一緒についてきてほしい」と懇願しました。一応承諾を得ることが出来ました。そして次に、介助者の確保として、私も活動に関わっている“NPO法人ぽしぶる”に依頼をしました。普段利用している数事業所では旅行に行ってもらう調整が難しいという諸事情がわかっている為諦めていましたが、“ぽしぶる”なら応えてくれると思い、宮野さんに相談しました。一番慣れている介助者が良いということで、理事長の藤田さんに行ってもらうことにしました。「藤田さんともう一人の介助者を確保してほしい」とも依頼しました。藤田さんとは10年前からの付き合いでもあり、外出、外泊、摘便などをしてもらっていた事もあり、自分の安心に繋がる要素でした。

5.パスポート申請
 まず1番最初に動いたのはパスポートの申請で、8月31日(木)、姫路市にある窓口で申請。受け取り日は約一週間後になるということで、日曜日でもパスポートの受け取りが可能だと思っていたのですが、姫路市は無理でしたので、翌週の9月7日(木)に両親と一緒に受け取りに行きました。

6.飛行機の予約
 私なりに動こうと思い、8月29日にJALの飛行機予約を電話で行いました。ビジネスクラス3席分を予約し、長時間移動するため、体に負担が掛からないフルフラットになる席を選択、最新鋭のシートでした。予約したその日から3日以内に振り込みが必要だったのですが、まだ2名の介助者の確定もしていないまま、後日追加で予約すればいいと浅はかな考えでいました。座席の数が残り少ない事に気づき、とりあえずJALに取り消しを促した所、キャンセル料金が発生する為、早急に介助者の確保に藤田さんが動いてくれました。
 旅行までの流れは以下の通りに進めました。

  • 残り2名の介助者分のチケットを予約。
  • 10月9日 排泄等の練習。午後から宮野さんと滞在中の計画を検討し、エアマットのレンタルをどうするか?
  • 10月28日 宮野さん宅に訪問して、エアマットの件、滞在中の計画を再確認。
  • 宮野さんに日程調整をしてもらったところ、ハワイへ行くのは11月後半となりました。
  • 機内乗り込みシミュレーション11月4日
  • 飛行機については藤田さんが窓口になり、随時、JALと相談してもらいました。最終的に座席等全てが決まったのは11月23日。
  • 呼吸器使用のため、診断書と同意書が必須。

7.エアマットのレンタル
 長期滞在の為、褥瘡予防を目的としてエアマットのレンタルを業者に依頼した所、海外で使用する電圧の問題で、エアマットが故障した場合の保証が出来ない理由で断られました。仕方なく訪問リハビリでお世話になっている事業所にレンタルをお願いした所、快く対応してもらえました。

8.呼吸器のメンテナンスと課題
 通常は予備バッテリーを1つ常備しているのですが、海外旅行となると、万が一の為にもう1つ予備として貸し出しを懇願しました。しかし、メーカーの規則により貸し出しが無理でした。移動の長い旅行は、バッテリー問題をクリアしておかなければ、命に関わるトラブルを起こすかもしれません。
 また、呼吸器を飛行機内の床やテーブルに置くことができず、介助者に持って貰う必要があったので、座席から隣の席まで回路ホースの長さが足りないことを危惧し、メーカーに問い合わせました。呼吸器から送り出す空気の量が変わってくるため、回路ホースを延長することは無理でした。

9.宿泊場所について
 事前に調べた所、コンドミニアムか二部屋取るか悩みました。旅行会社のHISにも尋ねてみて、車いす対応でワイキキに近い所を幾つか候補に上げてもらい、また、宮野さんからも観光するには移動しやすい場所でもあると聞いていたので、トランプインターナショナルワイキキホテルに決めました。決めた理由として、コンドミニアムであればみんなが同じ部屋にいるので、呼吸器等のトラブルがあった時に対応してもらえると思ったからです。

10.福祉タクシー予約
 宮野さんがハワイに行った時、11月下旬に自分達がハワイに旅行に行く計画を業者に相談し、予約してくれました。

11.どんな不安があったか

  • 長時間のフライトによる気圧の変化で、身体が絶えられるのか?
  • 電圧の問題や電動車いすを飛行機の荷物庫へ預ける時に、付属品などの取り扱いを航空会社がうまく出来るのか?
  • 呼吸器の充電が機内でできるのか? → 充電は出来ない為、予備バッテリーで対応。
  • 現地で呼吸器が壊れた場合の対処法 → メーカーに確認したが、対応してくれる所がない。
  • 電源が切れない様に常に確認する必要がある。→ 最悪、日本に電話して対応を求める。
  • 機内に乗り込む際、席にスムーズに移乗できるのか? → JALのHPで画像を見たら狭い。
  • 現地で移動する際、介護車両やバスなど利用の時に自分の電動車いすが乗れるのか? → インターネット動画では確証は得られなかった。
  • 褥瘡が出来ないか?
  • 便が出なかったらどうしよう。

12.旅行の行程
 一週間の日程内で、どこを観光したいか、摘便など調整、体調に合わせて変更するかをある程度決めていく事が必要でした。話し合いの結果、以下のスケジュールで予定を組みました。
11月25日(土曜日)
  自宅16:00出発 関空18:30着予定
  関空22:20 関空発
26日(日曜日) 10:50 ホノルル到着
  (現地は25日の土曜日)移動と市内観光
27日(月曜日)AM摘便  PMお出かけ
28日(火曜日)1日お出かけ 
  オアフ島1周ツアー(8時間~9時間)    
29日(水曜日)AM摘便  PMお出かけ
30日(木曜日)帰り
  13:45 ホノルル発
12月1日(金曜日)
  関空到着18:25
19:30 関空出発 自宅22:30着予定

 実際に日本からハワイで過ごした詳細を日別で下記に書いていきたいと思います。

11月25日 初日 いざ出国!
 16時過ぎに自宅を出発し、高速道路の渋滞に填まり、予定よりも1時間遅れで到着。慌ててチェックインカウンターへ移動しました。関空から出国手続きは車いすの事がスムーズにいかず、その間、呼吸器のバッテリー充電ができませんでした。
 手続きに結構時間がかかり、空港の車いすに乗り換える事にもかなり手間取ったので、予定していた空港施設内にあるラウンジへ寄れなかったのが残念でした。今回ビジネス席だったので、座席の入り口がとても狭く移乗しにくかったです。
 座席にはロホクッションを使用しました。移乗は、ダウンジャケットがスリングシートで滑り、身体にズレが生じてしまい時間が掛かりました。
 機内は気流で結構揺れました。機内では呼吸器の内蔵バッテリー切れの為、予備バッテリーに交換しないといけませんでした。
 離発着時は呼吸器を介助者が抱えなければいけませんでした。「席の足下に置けば良いのでは?」と思うのですが、精密機械の為、原則的に使用者側が管理しなければいけないのです。
 フライト時間が長いのでバッテリーがもたない為、予備のバッテリーを持ち込まなければならない事、マウスピースを咥えたままでは口が疲れる為、時折外して機内食を食べる時や水分補給をする時は気を張っていました。ハワイに到着するまでは、興奮もあり一睡も出来ませんでした。
 ホノルル空港に着いた時、宮野さんの使っていた移乗用具を借り移乗したところ、スムーズに行えました。
 入国審査を終え、電動車いすに移乗する際、宮野さんの電動車いすに不具合があったので多少時間が掛かりました。自分が思っていたハワイの景色とは違ってハワイは小雨でした。
 お迎えの福祉タクシーに電動車いす2台が乗れたことに驚きました。

↑今回利用した福祉タクシー
 ホテルにチェックインの時間より早く着いた為、休憩用の部屋を用意して貰いました。小腹が空いていたのでファストフードを購入しました。ハワイで最初に口にしたのがホットドックでした。とてもボリューム感があり笑いが出そうになりました。部屋が用意できたので今日から5日間泊まる31階の部屋へ。中に入ると最高のロケーションでした。
(割愛)
↑コンドミニアムタイプの部屋

 休憩をしながら寛いでいると、リフター脚部がベッド下に入らなかったので、ホテルの従業員が木材でかさ上げして高さを調整してくれました。ベランダは段差があり出られないのですが、「呼んでもらったら車いすを担ぐよ」と言ってくれた対応が新鮮でした。
(割愛)
↑木材をベッド下に入れてもらったところ

 夕食は近くのヤードハウス(Yard House)というアメリカンスタイルのレストランとりました。客は賑やかで、店員も親切な対応をしてくれ、料理はアメリカンサイズのリブロースステーキやタワーオニオンリング等、ビールを飲みながらほろ酔い気味。満腹すぎる優雅な時間を堪能しました。何と言っても料理のボリュームが予想以上でした。後々感じた事ですが、初日からこんな感じだったのですが、帰るまでに体重が増えるとは想定していなかったです。
(割愛)
↑半端ない大きさのリブロースステーキ

 部屋に戻りコーヒーを飲み休憩後、就寝準備。車いすからベッドに移乗するとき介護リフトを使用した事で、介助する側、される側にとって身体の負担が減り、大変良かったと思います。
 1日目無事終了。
(割愛)
↑ベッド移乗で利用したリフター

2日目
 福祉タクシーのドライバー・鈴木さんガイドツアーのオアフ一周観光に出かけました。
 6:00起床。支度準備、オリジナルTシャツを着る。8:00ホテル出発 天候は生憎の雨でした。
 約20分でタンタラスの丘へ到着し、展望台からワイキキの景色とダイアモンドヘッドを堪能し記念撮影をしました。とにかく風が強かったです。そこから高速に乗ってCMでお馴染みの日立ツリー(モンキーポット)を見学しました。ここでは雨が降り虹も見られました。やはり観光名所でもあるので、観光客が多く見られ、モンキーポットの下で雨宿りをしました。
(割愛)
↑「この木なんの木」の前で

 次はDole(パイナップル農園)に立ち寄り、販売されていたパイナップルを試食し農園の中を散策しました。その後移動し石けん工場とコーヒー工場兼売店を見学し、コーヒーの試飲と豆を試食、石けん工場に移動し店内を見学しました。
 次は名物であるフリフリチキンを堪能。美味しかったので夜食用に購入。観光客が多かったです。
 道中で名物とされているエンジェルの羽が描かれている所で記念撮影。

 ノースショアーはサーファーのメッカで世界大会が開かれる所であり、この時も多くの人々が波を眺めていました。
 更に移動してガーリックシュリンプの店で本場の味を満喫しました。臭いは凄いけど最高。
 マカデミアナッツ専門店でコーヒーの試飲やナッツの販売と試食もありました。生のナッツを鈴木さんに種を割って食べさせて貰いました。そこを後にして南海岸通りを移動しながら火山海岸の浜に立ち寄って景色を堪能しました。
 帰りに食材を購入する為、ドンキホーテで降ろしてもらい、鈴木さんと別れました。ドンキホーテで買い物をし、隣の店で韓国キムチを購入し、自走で約20分掛けてホテルへ戻りました。
 ホテル到着後、少し休憩を挟み、フリフリチキンとキムチ、フルーツとビールで豪華な夕食となりました。とても充実した長い一日でした。2日目も無事終了、就寝。
(割愛)
↑フリフリチキンとキムチ、ビールで乾杯!

3日目
(割愛)
↑1番人気のワイルドステーキ

 7:15起床。 朝摘便 → ホテルで昼食を済ませ、休憩後ホテルを出発。ロイヤルハワイアンセンター周辺で散策と買い物をして、夕食にウルフギャング(Wolf Gang)でステーキを食べました。(安倍首相も訪れている店)オーナーと記念撮影。
 ホテルに戻り、コーヒーを飲んでから就寝。

4日目
 7:30起床、朝食→宮野さんと一緒にホテルを出ましたが、連日の電動車いすを運転による首の疲労が酷く、別々に行動する事になってしまいました。遅れも生じたのでトロリーバスに乗ってアラモアナ方面へ出発。(トロリーバスは25ドル払うと乗り放題)路線によっては50分に一本しか走りませんが、乗る価値は十分にあります。
 リフターのサイズが自分の電動車いすサイズでギリギリ乗る事が出来ました。安全ベルトは膝元の一本のみで、足のつま先はリフトから出ていました。簡単な仕組みに驚きました。

↑リフトアップで乗車するところ(トロリー)

 車内で電動車いすの車輪を前後に固定ベルトで締められた事で揺れも少なかったです。
 窓が無いので風は心地よいですが、雨が降ると濡れる事もあります。(窓の代わりにビニール製の窓代わりのモノがくくられているので、雨が降った場合は、伸ばして遮る事も出来る。)
 ワイキキビーチ経由でカメハメハ大王像にて記念撮影(所要時間トロリーバスで約30分)。シティバスでアラモアナショッピングセンターへ移動(電動車いすでバスに乗った事が無かったので不安だった)。足先や呼吸器台を車内にこすりながら奥に進んでいきました。乗客が座っていましたが、運転手が車いす座席を空ける為、乗客に移動してもらい、旋回して車いす座席に固定してもらいました。アラモアナショッピングセンターまで所要時間10分足らずで到着。(1人2.5ドル)約2時間近く遅れて宮野さんと合流し、お目当てのお店が閉店だったので、仕方なく4Fの中華料理で遅めの昼食を済ませました。その後買い物をしました。
 ショッピングセンターからバスでホテル前まで帰ろうとしたら、バス停の係員に「電動車いすは2台乗れないから無理だ」と言われましたが、運転手は「まずはチャレンジしてみろ!」と促され、2階建てバスに10分掛かりで乗り込めました。その後に待っていたお客さん達は、次のバスにずらしてもらったので、貸し切り状態になりました。このトロリーバスは運転手が簡易スロープを設置するタイプでした。
(割愛)
↑貸し切り状態(笑)

 ホテル到着後、少し休憩を挟み、インターナショナルマーケットプレイスに行く前に、自分のお土産としてアロハシャツを2着購入しました。
 移動中、トランプと金正恩のそっくりさんに出逢い、写真を撮ったら有料だった‥。
(割愛)
渦中の2人と↑
 4Fの日本食レストラン、コナグリル(KONA GRILL)にて夕食。ここでも雨が降りました。市内散策をしてホテルに帰って就寝。

5日目
 7:15起床。ストレッチ、排泄準備、朝食、摘便開始、摘便終了。部屋で昼食。ハワイに来て1番最高の天気になったので、アロハシャツを着てワイキキビーチ散策に出掛けました。伝説のサーファー、デューク・カハナモク銅像の前で記念撮影。
 ワイキキビーチからロイヤルショッピングセンターでシェーブアイスを堪能。帰りにホノルルクッキーを購入。ホテルに到着。少し休憩。
 19:00ホテル内で夕食。食事中に花火を見られた。就寝準備。就寝。

6日目(最終日)
 7:30起床。 帰り支度準備、10:00チェックアウト スタバで朝食を購入しフロント前で朝食、  少し時間があるので呼吸器の充電 10:45鈴木さんがお迎えに来て空港へ移動。 11:20空港到着。
↑最後に鈴木さんと写真を撮り、別れました。
 空港でチェックインをし、出国手続きを終えラウンジへ移動。行きの教訓を活かし、ラウンジ内で呼吸器の内蔵バッテリーを充電しながら軽食をとりました。ロビー前で空港用の車いすへ移乗、電動車いすは梱包され、私達も機内へ移動しました。空港職員も手伝ってくれ座席へ移乗開始。2人の移乗もスムーズに終え、定刻より少し遅れ離陸し、楽しく過ごしたハワイを後にしました。行きよりは座席を倒していたので少し楽でした。 
 上空で機体が安定したので呼吸器を台の上に戻して、20分後に機内食を用意して貰いました。 日本に到着するまで時間が長いので、映画で時間を潰しました。疲れてきたので行きの教訓を活かし、マウスピースから鼻マスクに切り換えました。  回路ホースを固定する器具が使用出来ない為、日本から持参した風邪予防のマスクを工夫し、フルフラットになった状態でも空気が取り込める様にテーピングで固定をしました。
 途中、バッテリーが無くなったので交換。関空到着まで1時間を切ったあたりでマウスピースに切り換えました。定刻の18:25関西国際空港に到着。乗客が降りた後、私達も移乗開始。
 私が最後に移乗し、空港車いすで機外へ移動し、搭乗口の待合所前で電動車いすへ移乗。準備が終わり、移動し2両編成のモノレールを乗り継ぎ入国手続きをする場所へ移動。
 入国手続きを終えエントランスで帰る準備に。車の用意をして貰い、21:00過ぎ関空を後にし、自宅に23:30到着。1週間ぶりの我が家へ。
 0:00前に2人の介助者も帰路へ就いて貰いました。皆さん、7日間本当にお疲れ様でした。

13.ハワイの移動について
 飛行機、福祉タクシー、シティバスとトロリーバス、電動車いすが主な移動手段でした。

【飛行機】
 今回JALのビジネスクラスの席だったのですが、コックピットのような形だったので、行きは足下から座席に入り込み、上半身は抱えられる様な形で入り込みました。移乗する際に呼吸器を外したり、細心の注意を払ったり気を遣う事もありました。

↓座席に着いた時の写真です。

【福祉タクシー】
 福祉タクシーを利用したのですが、第一印象が自分の電動車いすが入れるのか?リフターも重量に絶えられるのか?不安でしたが、リクライニングする事でなんとか乗り込むことができました。凄かったのが、電動車いすが2台入った事です。ドライバーの鈴木さんはとても親切で分かり易いガイドをして頂きました。ハワイはあまり福祉タクシーが無い事に驚きました。

【バス】
 公共交通機関はシティバスとトロリーバスを利用しました。最初に乗ったバスが、2種類ある内の電動式リフトを装着しているトロリーバスでした。ハワイに行った時は乗ってみたいと思っていたので、最寄りのバスターミナルで乗り放題のチケットを購入し、そこからカメハメハ大王像の所まで乗って行きました。トロリーバスに乗車すると電動車いすの長さがギリギリで、足下が扉に当たっていましたが、固定ベルトをしているお陰で問題なく揺れも少なかったです。窓が無く全面オープンの為、風や景色は堪能できましたが、少し雨が降って濡れたこともハワイならではと思いました。
 シティバスは、電動の折りたたみ式スロープで、運転席からボタン一つで出し入れが出来るものでした。日本には、この様な便利な稼働システムが導入されていないので、運転手もスロープの設置や乗客の待ち時間の短縮にもなり、日本でもシティバスのような簡単な仕組みのバスが普及すれば、車いすユーザーでも気兼ねなく快適にバスを利用できると感じました。

 ボタン一つで出てくる電動スロープ (シティバス)

【電動車いす】
 電動車いすに乗ることが連続で3日以上経験がなかったこともあり、身体が持つか不安がありました。運転による疲労で首の筋肉痛が生じたのですが、電動車いすの故障もなくホッとしました。

↑愛用している電動車いす

14.ホテルにて
 日本からお米等も持参し、男料理を作ったので、部屋で食事を楽しむ事も出来ました。お風呂は広々としたスペースもあり、豪華な造りになっていました。宮野さんがリフターに吊されてバスルームに移動した時はめちゃ笑いました。

15.ハワイという雰囲気
 ホテルが中心街にあった事もあり、アクセス的に良かったと思います。日本と違うのは、すれ違う人々が挨拶をしてくれたり、車いす使用者を対し優先することが当たり前として接してくれるのが、とても気持ち的に嬉しく感じました。
 常に、挨拶で始まり挨拶で終わる風習は日本も見習わなくてはならないと思いました。誰一人嫌な顔をしないで対応してくれる事も。雨もありましたが、虹を多く見られて良かったと思います。
 バスやトロリーの運転が「取り敢えずやってみてくれて、ダメだったら考えよう」といった感じが、チャレンジの後押しになりました。
 私達は観光で来ていて、非日常的なものではあるけれど、現地の人達の対応はごく自然で当たり前に接してくれる事が気分良かったです。

16.実際にあったトラブル、ハプニング
 出発してから確実に充電できる所が無かった為、ホテルに着くまで安心はできませんでした。
 行きの飛行機で気圧のせいか、耳抜きが出来なかった事と左の眼球に痛みが生じました。ホテルに着いて約1時間位は違和感が残りました。
 排泄用のオムツと浣腸を忘れた事。コンセントの変換プラグを忘れた事。忘れ物が多かったです。
 電動車いすを絶縁しようとしましたが、ゲートをくぐった後にドライバーが必要となり、実際には絶縁状態にできていませんでした。実際は、メイン電源を切った事でコントロール不能状態になり問題はありませんでした。

17.反省点
 自分から切り出した旅行計画に対して、準備段階から何が必要か?情報収集が難しかったです。計画を綿密に確認し、余裕を持って準備するべきでした。私の為に動いてくれる方々には所々無理をさせてしまった事も反省しています。
 自分の荷物や航空券、ホテル、移動手段の手配を任せきりにした事は、やるべき課題が多く、全てに於いて関わらなければいけなかった事、自分自身の考え方が浅かった事が悔やまれます。
 現地に行った時にどのような事を考えていかなければならないかイメージするのは難しく、周りにお願いしていたところが沢山ありました。

18.準備段階とハワイに行った時の違い
 何度も書きますが、自分の思っていたハワイのイメージと違っていました。起床時間がいつもと違うので体が慣れていくかな?という不安がありましたが大丈夫でした。
 食事は、炊飯器もありご飯を炊いたりしました。自宅では朝食はパンでしたが、フルーツを沢山食べました。食事のボリュームが凄い。ドンキやABCストアには日本の品も意外とあり、食材も殆ど揃うので安心しました。にしても、毎日アルコールを飲むとは思っていなかったです。
 ハワイは暖かいと思っていたのですが、殆ど天気が悪かったし、雨と風が吹いた日が多かったので寒かったです。
 観光地特有なのかハワイは道が悪かったので、電動車いすの運転が凄く大変でした。
 車いす、呼吸器も問題なく充電できたし。課題だった福祉タクシーとバスにも問題なく乗れたのは、良い体験でした。

19.次の旅行に活かす教訓
 今回の旅行を振り返り、情報収集をした上で、余裕を持って旅行計画を立て、目標を掲げやり遂げる大事さを再認識出来ました。でも、様々な壁を乗り越えられた事は、自分の自信になったと思います。この経験を次に活かし、準備から着実に行っていきたいと思います。

20.最後に
 初めての海外旅行ではありましたが、所々、英語を話すことを求められる場面がありました。人工呼吸器を利用しての海外旅行は、実現できたこと自体が大きな財産であり、他の人工呼吸器ユーザーにも伝えて行く必要があると思いました。分からない事だらけでしたが、多くの事を学べた事が良かったです。
 海外で簡単に介護リフターやエアマットなどの福祉機器がレンタル出来たり、日本から簡単に持っていける物があれば、気軽に海外にも私と同じ障害の人も行けるのではないかと思いました。
 2007年の時に立てた目標を、10年を経てやっと達成できた事は大きな自信になりました。

 次回は家族をハワイに連れて行ってあげたい事と、来年は呼吸器ユーザーが安心して暮らす街と聞く、先進国であるカナダ・バンクーバーに行く事を目標に掲げています。様々な人達に会ってみたいので、今回の経験を活かしたいと思います。
 また機会があればご報告いたします。

【おまけ】(割愛)
タンタラスの丘・ダイアモンドヘッドをバックに
ノースショア・カフクにて
ガーリックシュリンプを堪能
シェーブアイス
風邪予防マスクが最後に活躍
TEAM 米田進一と愉快な仲間たち

カテゴリー: 機関誌「縦横夢人」記事 | 初海外チャレンジ報告 「縦横夢人」2018年春号(No.20)2018年5月14日発行 はコメントを受け付けていません。

特集『障害者差別解消法-私が受けた差別と合理的配慮-』 「縦横夢人」2018年春号(No.20)2018年5月14日発行

「縦横夢人」2018年春号(No.20)2018年5月14日発行

特集
『障害者差別解消法-私が受けた差別と合理的配慮-』

特集『障害者差別解消法-私が受けた差別と合理的配慮-』(PDF)
 障害者差別解消法が2016年4月1日に施行されてから2年が経ちました。施行当初は、行政や事業者が障害を理由とする差別をなくすための取り組みを積極的に行い、各地域において障害者や一般市民向けのセミナーやシンポジウムが開催されることをよく耳にしていました。しかし、開催情報は次第に少なくなり、現状では障害者差別解消法の理解を求める動きはやや鈍くなったような気がします。来年には法律の見直しがが行われますが、今の状態では我々の生活をよくする法律となるかは疑問であり、「差別をなくしたい」という理想が遠退いていくことを危惧します。
 今回、兵庫頸髄損傷者連絡会・機関誌「縦横夢人」では、「障害者差別解消法-私が受けた差別と合理的配慮-」というテーマで特集を組むことにしました。差別の捉え方・感じ方は人それぞれですが、「差別」自体はごく身近に潜んでおり、いつ我々の前に立ちはだかるかわかりません。そういう「身近にある差別」を今回の執筆陣は事例として挙げてくれています。そして、「差別された」だけではなく「こんな良い合理的配慮を受けた」という好事例も挙げてくれています。良くも悪くも今回の特集が、「差別とは何か?」と我々がこの法律をどこに導かなければいけないのか?を考える機会になることを願っています。                                (宮野 秀樹)


障害者差別解消法って何?

宮野 秀樹

 障害者差別解消法が施行されて2年が経ちました。この法律は「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」という長ったらしい名前が正式な名称であり、それを略して障害者差別解消法と言います。「障害による差別を解消し、誰もが分け隔てなく共生する社会を実現すること」を目的として制定されたものではあるけれど、「何が差別で」「差別をしたらどうなるか」を明確に示されたものではありません。誰しもが持ち得る「バリア」に対して社会全体が「気づく心」を持ち、柔軟に対応していくことを求める法律なんです。「差別はアカン!」というのは当然なのですが、この法律では「これは差別に当たるんじゃないのかな?」と考えたり、「こういう配慮が必要なんじゃないのか?」と気づいていくことが重要だととらえています。そして障害を理由に差別することをなくすために、個々の障害に対して理解し合い、お互い建設的に解決策を探って、問題の解消を推進しています。「どういうことが差別なんだろう?」と考えることはとても大切です。

 そもそもなぜ障害者差別解消法はできたのでしょうか?経緯としては、2006年に国連総会で採択された国際人権法に基づく人権条約である障害者権利条約に、我が国が2007年に署名したところから始まります。障害者権利条約とは、「障害者の人権や基本的自由の享有を確保し、障害者の固有の尊厳の尊重を促進するため、障害者の権利の実現のための措置等を規定し、市民的・政治的権利、教育・保健・労働・雇用の権利、社会保障、余暇活動へのアクセスなど、様々な分野における取組を締約国に対して求めている(内閣府ホームページから引用)」条約なんです。署名したことにより「批准」といって「条約や協定といった国際的なルールをうちの国も取り入れて守ります。」としなければなりません。批准するために条約が求める国内法を整備する必要があり、障害者に関する様々な法制度改革が行われました。そうして2014年に国連事務局が「日本が批准した」ということを承認してくれたことによって、批准前に成立していた障害者差別解消法が、2016年4月に施行されたという流れになります。

 施行されたときは、国内初となる「差別をしたらアカン!」と定められた法律として、その施行日を「誕生日」として祝い、障害者たちの間ではウェルカムでした。各自治体、様々な事業者もこの法律に則るために、障害を理由とする差別をなくすための勉強会や研修、様々な取り組みを積極的に行いました。障害者の間でも法律を実効性あるものとしていかにブラッシュアップしていくか、そのためにセミナーやシンポジウムを開催して周知活動を行ってきました。しかし、施行から2年が経つ現在では、ややその勢いは沈静化してきたように感じます。我々の生活の中でも、法律の効果を感じることは少なく、私の周りにおいても、この法律の認知度は「ある程度」の感が否めません。当然、法の趣旨が十分に周知されているようには思えません。
 障害があるなしに関わらず、「その人らしさを認め合いながら共に生きる社会」を実現するために制定された法律であると考えています。現状で見えている課題をどう解決していくのか?この法律をどう育てていくのか?を法律の見直しが始まる今年度から問いかける必要があります。これは、障害者やその関係者だけの問題ではなく、社会の中のすべての人に問いかけられている課題だと思います。再度確認すべきは、障害者差別解消法は「障害者」だけに特化した法律ととらえられがちですが、障害のあるなしで対象者が分けられる法律ではありません。社会的に弱い立場の人、「らしさ」が認められず生きづらいと感じている人、多くの方がこの法律の効力により守られるべきです。
 差別が生み出す「生きづらさ」を知り、障害があるなしにかかわらず、差別そのものをなくすきっかけ作りとしなければならない、障害者差別解消法とはそういう意義のある法律なのです。


「私が受けた差別と合理的配慮」

米田 進一

 障がい者差別解消は、長年私達にとってとても重要な問題であり、誰しもが様々な解決をしていかなければなりません。
 近年では、バリアフリー法が当たり前になっていると思われがちですが、視点を変えてみると、まだスロープの設置やエレベーターの場所や広さは統一されていない事が懸念されます。
 私達が使用する電動車いすの大きさは、メーカーやオーダーメイドによる独自の改良をする事によって、サイズや重量が多種多様になります。それによって、エレベーターがギリギリ乗れる所もあれば、余裕で乗れるエレベーターもあり、目的地に行くまでに苦労することがあります。
 公共交通機関を使うときに感じる事ですが、私は人工呼吸器を使用しているので、駅員は私に話しかけず、介助者に話しかけている事があります。駅員からすると私に話しかける事が失礼と思われているのか定かではありませんが、当事者の立場からすると、遠回しに「話せない」と決めつけている様な感じにもとらえます。
 思い込みではなく、誰しもが気持ちよく社会参加をしたいので、何度も利用している公共交通機関の関係者には、一刻も早く差別的な行動を改善してもらい、利用者にもっと認識をもって対応してもらう必要があると感じます。

乗りたい電車に間に合う様に時間を調整し、家を出ているつもりですが、駅に着くと「乗車予定の電車をご希望の際は、10分以上前に来て貰わなければ、降車駅との連絡が着かない為、1本後の電車にしてほしい」と言われることも少なくはありません。
 そうなると、時間もずれ込み間に合わない大事な行事なども遅れてしまいます。余裕を持って予定を組んでいても、電車の遅延によって遅くなることもあり、逆にその遅れた責任はどこにぶつければ良いのでしょうか?遅れた分の料金は返金されませんし、勝手な都合による社会的な差別が未だ当たり前に続いている事から改善されないと何も変わりません。
 電車だけではなく、バスも使用する時に感じる事ですが、車いす優先座席と書いていても、乗客は当然の如く車いすの方の姿がなければ平然と座っています。私達が乗車をすると分かると中には座席を空けてくれる人もいますが、「チッ」と聞こえる様に舌打ちをして、不機嫌そうな顔をしながら座席を空ける人もいます。
 その光景を見ると、私達が乗車する事がわるいように見えることが腑に落ちません。
 中には運転手も面倒くさそうに乗車の準備をする人や運転が荒い時もありました。人の命を預かる職種の方が、その様な行動を平気でする態度に私は呆れてしまいます。
 
 今の世の中、何が差別の原因になっているのかを考え、根本から変えていくことが差別解消に繋がるのだと思います。

 公共交通機関で電車を利用する際、スロープを用意して貰わなければホームと電車の隙間があるため、乗車出来ないのではじめから設置されていれば、乗りたい電車にも待つことなく乗れ、ストレスも解消されます。
 また、お店にスロープが設置されているとバリアフリーと言われますが、大きい電動車いすが店内に入ろうと試みても、入り口で旋回する事もできず、店内にも入れない事は、当事者側からすると、もう少し店内の配置や、どんなタイプの電動車いすでも入れる様な工夫をしてもらう事が、本当の合理的配慮というものだと思います。

 それを例にした写真を次に挙げています。

 上の写真で見て分かる様に、大阪モノレールでは最初からスロープが設置されています。この状態なら、スムーズに電車が乗れて快適に移動する事が出来ます。このシステムは嬉しいですね。
 私が知る限りでは、沖縄県の“ゆいレール”のスロープは、電動ボタンの操作で上下する様になっていました。その様なシステムであれば、待ち時間を気にすることなく、快適に公共交通機関を利用する事が出来、社会参加する車いすユーザーが増えていくと思います。

 通常は駅員がスロープを用意して、写真の様に乗り込む際に補助をしてくれます。この体制が普通になっているため、乗りたい電車に乗り遅れたりすることや、連絡がうまく伝達できておらず、降車駅に駅員がいないことがあって、凄く焦ったこともあります。他の事例で挙げると、電車に乗り込む際にスロープ板が「バキッ」と割れた事もありました。その後は重量に耐えられる簡易式のスロープも増え、便利になってきていますが、店舗等にも常備されると良いですね。

 上の写真は、某飲食店のスロープですが、少し傾斜はありますが、入り口も広く大型の電動車いすでも余裕で入ることが出来ます。店内のテーブル配置も店員さんが車いすでも利用しやすいように配慮してくれた事がとても嬉しかったです。

 上の写真は、加古川市にあるボウリング場の風景ですが、入り口からレーンまで段差すらなく、フルフラットになっていて、大きい電動車いすでも問題なく入ることが出来、トイレも広く、休憩スペースも設けられています。ここのボウリング場は2Fにあるのですが、連絡橋(屋根付き)とエレベーターも設置されていて、スムーズに移動することができます。これこそまさに合理的配慮がなされていて、誰もが快適に利用することが出来ます。この様な公共の場が、もっと増えると嬉しいですね。

 社会参加をするにあたり、あと少しの工夫や配慮がなさされれば、私達が暮らしやすい当たり前の世の中になるのではないでしょうか?


障害者差別解消法-私が受けた差別と合理的配慮-

土田浩敬

1、はじめに
 障害者差別と合理的配慮と聞くと、とても難しくとらえられがちです。正直なところ私自身もそこまで理解出来ていないのですが、私が中途障害者としていままで受けた差別や、合理的な配慮がなされたと感じたことを、自らの経験を通じて、今回は書きたいと思います。

2、障害者差別と合理的配慮とは
 障害者差別解消法では「不当な差別的取扱い」として、例えば障害を理由として、正当な理由なくサービスの提供を拒否したり、制限したり、条件を付けたりするような行為を禁止しています。
 また、障害のある方などから何らかの配慮を求める意思の表明があった場合には、負担になり過ぎない範囲で、社会的障壁を取り除くために必要で合理的な配慮を行うことが求められます。こうした配慮を行わないことで、障害のある方の権利利益が侵害される場合には差別に当たります。
(※内閣府ホームページより引用)

3、私が感じた差別
 私自身が障害者になって差別を感じたことは、沢山あります。それは、健常者のころには無かったことでした。

頸損になって間もない頃
 それらは、全ての事柄が差別というわけではないのですが、障害を持ってはじめのころ感じたのは、外出する度に、電動車椅子の私をじろじろと、健常者が見てくることです。まぁ物珍しいから見てくるのでしょう。それだけ重度障害者の社会参加が遅れているということかなと、私なりに考えています。多様性を認めあう社会、インクルーシブ社会、みんなで支え合いながら、誰もが排除されない、孤立しない、排他的ではない地域… 少なくとも、これらを解決することはすぐに出来ることではありません。私は外出する度に周りの視線が気になっていたのですが、外に出ていくことが大切だと思っていました。差別とは少し違うかもしれませんが、私が障害を持ってから嫌だなと感じたことです。

頸損連のイベントで自信に繋げる
 外へ出ると、差別を受けたように、もしくは差別を受けていると感じることが多いのかもしれません。何故、いま他人行儀のような書きかたをしたのかというと、その頃の私は、障害がある私が悪い、申し訳ない、私は邪魔なんじゃないか、という“ネガティブな考えかた”のほうが強かったからです。
 また某鉄道で乗車する手続きを行う際には、駅員が私に問いかけるのではなく、介助者に向かってしか話しかけない人もいました。その時は非常に不快な思いをしました。
 他にも、飲食店の入店拒否やバスの乗車拒否、それらは「自分が大きな電動車椅子に乗っているから、他の人の邪魔になるんだ」と“私が悪い”と考えることもありました。それは今でも“仕方ないか”と諦めることもあります。しかし、そういう人たちは、自分自身の中で差別しているという意識はないのでしょう。

4、差別とモラル
 近頃、よく考えることで、以前からもあったことです。それは外へ出ていくとそういう場面に遭遇します。「モラルの無い人が多い」ということです。電車に乗る際、電車を降りる際、私が降りようとしていると“われ先に”と出ていく人たち… エレベーターに乗ろうとすると、見るからに健康そうな大人達がいすわり、全く降りようという気もないのです。逆に、小学生の子供たちの方が、私のような車椅子に乗っている人がいると、譲ってあげたりしています。なんだか、恥ずかしといいますか、呆れてしまいます。

重度障害者のことを知ってもらう授業
 昨今、ハード面ではバリアフリーが整ってきましたが、ソフト面の人々の心や行動のバリアフリーはまだまだなのかなと思います。もちろん、全ての人がそうではないことは知っています。
 それは、道を譲ってもらったり、エレベーターを優先してもらったり、ちょっとした心遣いが「心のバリアフリー」に繋がるのです。
 時には、私たちのような障害者に対して、配慮してもらえる時もあります。狭い店内に私が入店出来るように店員の方に工夫してもらったり、どうすればいいかを一緒に考えてくださる「心と行動」が障害者と健常者の、隔たりを無くしていく、キッカケになる物だと思います。

5、海外へ行った時の話
 海外で感動したことがあります。それは私のような重度の障害があるものに対して、ごく自然に接してくれて、とても親切だったのです。道を譲り、すれ違いざまに私に微笑みかけて、困っていると親切に対応してくれました。エレベーターを譲ってくれたり、道路を渡ろうとすると優先的に渡らせてくれます。これだけでも、もう一度海外に行きたいと思います。
 全ての国が、そのようなソフト面でバリアフリーかと言うと、そうではありません。国や地域によって、その国の人たちの気質や文化は違います。私が行ってきたシンガポールとロサンゼルスは、人々の心構えが違ったということ。
 ハード面でのバリアフリーに加えて、ソフト面でのバリアフリーにはとてもびっくりして、感心しました。日本よりも、心のバリアフリーは遥か先を行っているのではないかと感じました。

6、さいごに
 市民一人一人の意識の持ちようによって、大きく左右されるのだと思います。その意識を変えるには、私たち障害当事者も変わり、どのようにして欲しいかを伝えなければ、まわりは変わっていきません。市民一人一人というのは、私たち障害当事者も含めてみんなです。
 市民それぞれが理解しあい協力していくこと。それにより良い意識を持ちあい、障害者のみの差別に限らず、全ての人々にとっても、排除されない、孤立しない、排他的ではない、地域差別のない社会に、街も人も、成長していくことが「未来の地域社会」というものなのではないでしょうか。


障害者差別解消法-私が受けた差別と合理的配慮-

島本 卓

1. はじめに
 2016年4月1日より、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下、障害者差別解消法)」が施行されました。この法律は、障害による差別を解消し、誰もが分け隔てなく共生する社会を実現することを目的として作られました。

2. 事例報告
A) 今から書く内容は、障害者差別解消法が施行される前に私が経験したことです。
 私は○○市にある体育館に電動車いすで、スポーツ観戦に行きました。正面玄関を入ってすぐに、ロビーに上がるためのスロープが設置されています。電動車いすのタイヤを拭いていざ入ろうとすると、受付の男性の方に「床が傷むからダメです」と言われました。納得がいかない私は、「なぜ入ってはいけないのか」と訊ねました。男性の方は「床が汚れ、傷が入るから」と言われましたが、私の前をシルバーカーで移動する高齢者がいました。ただただ疑問しか残りませんでした。
 翌年に私が主催するイベントの会場として、この体育館を選びました。手続きのために体育館に行った際、電動車いすでの利用が可能かを確認したところ「利用は、誰でも使っていただいて結構です」とまで、何があったのかわかりませんが180度も考え方が変わっていたことに、とても驚かされました。現在も体育館を利用しています。

B) 現在住んでいるマンションの入居時のことです。
 私は2年前に自立生活をはじめるために、不動産屋に相談し物件探しを始めました。5件目で今の物件を見つけることができました。入居希望を出してからがとても長く、諦めてもいいかと思ったぐらい悩みました。このマンションは車椅子でもOKなはずでしたが、入居者からの意見が多かったとのことです。
 例えば、電動車いす利用時の振動や音や、移乗用リフト使用時の音がどうかを聞かれました。利用する機器の写真、説明など求められたものをすべて提出、口頭説明も行いました。こんなことって聞かれるものなのでしょうか。
 私が一番驚いたのは、電動車いすの走行時の騒音を聞かれたことです。大家さんが心配していると不動産屋の担当者から言われたので、「車みたいにエンジンを積んでいるわけでもあるまいし、下手したら人が歩いて響くほうがうるさいと思うけど」と言い返してやりました。
 この時、不動産屋の担当者が熱心に考えてくれる方でした。担当者と話している中で、「初めて車いすの方の物件探しに関わりました」、 「分からないことばかりだけど、入居できるまで担当させてください」とまで言ってくれました。とても嬉しかったです。そして、入居するための書類に記入をして、現在も自立生活を行っています。

C) 私の住んでいる近所に行きつけの鉄板焼き屋があります。
 この店を見つけた最初の頃はテイクアウトのみで利用していました。テイクアウトで食べることが出来ていたので最初は満足をしていましたが、何回も注文しているうちに鉄板の上で熱々の料理が食べたいという思いが出てきました。何回かお店の前を車いすで通ってみたのですが、店内に入るためには段差が2カ所あることで難しいと思いました。しかし、何としても行ってみたいという思いが収まらなかったので、簡易式スロープを持ってお店に行きました。段差はクリアをしたものの店内に入るための入り口の扉が狭く、諦めざるを得ない状態になっていました。すると、男性店長が出てきて「いつも注文されている方ですよね」と声をかけてくれました。
 以前、テイクアウトの注文する際、車いすでも入れるかどうか、私が尋ねたことを店長は覚えていてくださったのです。「なんとか中で食べさせてあげたい」と入り口前で店長が言ってくれました。でも、入れる方法がなかなかみつかりませんでした。そこで私は、ダメ元で「入り口の扉を外す事はだめですか」すると店長が「外したら入れるか試してみよか」と言ってくれました。扉1枚を外してもらい入れるか試してみたところ、すれすれの状態ではありましたが店内に入ることができました。そして今となっては、友達らと一緒に1ヶ月1回位のペースで通うぐらい常連になっています。店長が「これから車いすの方が来られても、こうやったら入れることがわかった」と言った言葉が印象に残っています。

D) JR 〇〇駅で今年の3月に経験した内容です。
 それは、たまたま私がひとりで外出をした時に起きたことです。私が利用している最寄り駅から、 〇〇駅まで行きました。最寄り駅では、単独利用で乗降介助のスロープの手配を依頼しました。そして〇〇駅に着いて、降車するのにスロープを出してもらいました。ホームから改札に向かうのに、私が四肢麻痺であることからエレベーターボタンを押すことができないため、降車時に手伝ってくれた駅員さんにエレベーターのサポートをお願いしました。するとかえってきた駅員さんの言葉は「業務外です。その他の降車のお手伝いがあるため無理です」と返事がありました。
 私は「自分でボタン押すことができない」ということを伝えましたが、駅員さんからは「無理です」としか返ってくることはありませんでした。その他の方法が提案されることもなく、上がってきたエレベーターに自分ひとりで乗り、改札階まで行くことになりました。狭いということもあり、途中で扉が閉まりかけるなど不安を持ちながらエレベーターを利用しました。

E) 私は近所にあるスーパーにひとりで買い物に行くことがあります。
 スーパーの外にはお手伝いが必要な方のコールボタンが設置されています。このコールボタンを押すと店内から店員さんが来てくれます。そして一緒に店内で買い物する際にお手伝いをしてくれると言ったものです。実際私もお手伝いが必要なのですが、残念なことに自分で押すことができません。通りすがりの方に押してもらうと思って待っていても、そんな時に限って誰も通らないといった残念な思いもしたことがあります。そこで私は、電動車いすのまま店内をウロウロしながら、買いたい物があるか確認をしながら購入するものを決めていきます。購入するものが決まれば、店内にいる店員さんを探して、「すみません。商品を取ってもらいたいのでお願いします」と声をかけることにしています。声をかけた大体の店員さんは手伝ってくれますが、特売日に行くとなかなか捕まらないのも現状です。私は、このスーパーを利用して2年が過ぎました。今まで声をかけてお手伝いをしてもらっていましたが、最近では店内で私を見かけると「決まったら教えてね」と店員さんの方から声をかけてくれるようになりました。頻繁に行っていると顔なじみになるというのはこういうことなのかもしれません。ここで私が言いたいことは、合理的配慮と言う内容の物ではないかもしれませんが、車いすの方でも買物に来るという意識を持ってもらうことのきっかけを自分が作るかどうかだと思います。みなさんも、思い切っていちどチャレンジをしてみてください。

3. まとめ
 最初から差別をしようと思って接している方はいないと思います。その中で、相手から差別されている、差別を受けていると感じるのは、本人がどのように受け取るかによっても大きく変わってきます。例えば言われた場所や、タイミングによっても受け取り方も様々だと思います。周りの方が対応をしたいと思っても、どのように対応すればいいのかわからない場面もあるはずです。対応をしてもらえないから差別と判断をする前に、対応できない理由を聞くことで、物理的に無理であることが分かるなど、必ずしも差別といえない場合も多くあるのではないでしょうか。
 障害者差別解消法が施行されたからといって、当事者が全て言っていることが正しいというわけでもありません。例えばお店にスロープが設置されていても、入れなかったら差別と考えますか?私だったら「残念、入れないのか」と思って違うお店を探しに行きます。でも、皆さんも外に出ておられてそのような場面に出くわすことも多いのではないでしょうか。そのことに対して、差別だとか合理的配慮ができていないと言ったところで急に環境が変わるわけではありません。ダメ元で何回も行くだけで環境が変わる場合もあるのかもしれない。根気強く、誰もが使いやすい環境を手に入れるために交渉も行っていきましょう。


私が受けた差別と合理的配慮

伊藤 靖幸

 この法律は、平成28年4月1日から施行されました。障害者差別解消法は「不当な差別的取扱い」として、例えば、障害を理由として正当な理由なく、サービスの提供を拒否したり、制限したり、条件を付けたりするような行為を禁止するものです。また、障害のある方から何らかの配慮を求める意思の表明があった場合には、負担になり過ぎない範囲で、社会的障壁を取り除くために必要で合理的な配慮(以下、合理的配慮)を行うことが求められます。(※内閣ホームページより引用)この合理的配慮で、私が受けた・感じた「悪かったこと」「良かったこと」を書きます。

1 悪かったこと
 1つ目は、車椅子使用者なら1度は経験があると思いますが、電車で乗りたい時間の電車に乗れないことです。駅に行くと、降りたい駅、乗換えの駅に連絡を取ってもらいます。待ち時間が長く、予定していた時間に帰れないという事もありました。日本で、スロープを付けてもらわずに乗れる電車は、私が知る限り、沖縄県の「ゆいレール」と「Osaka Metro 千日前線」です。沖縄県の「ゆいレール」は、電動ボタンでスロープが上がってきて、乗り降りが出来ます。「Osaka Metro 千日前線」はホームと電車のあいだがほとんどなく、乗り降り出来ました。「2020年東京オリンピック・パラリンピック」には、このような電車じゃないと駄目なんじゃないかなぁと思います。

 2つ目は、飲食店で露骨に嫌な顔をされたことです。そのお店で、机と椅子は動かせたんですが、店自体は、そんなに大きくはなかったです。ですが、混んでいるわけでもなかったです。そんな状況で入ったわけですが、あからさまに嫌な顔をされました。交渉の結果、食べることは出来ましたが、あまりいい気持ちで食べられませんでした。大きい車椅子で場所をとってしまい、机と椅子を動かさなければならないのは、お店の方には面倒だなとは思います。しかし、お客として来ているわけだから、そこは他のお客と一緒の対応をしてもらいたかったです。まだまだ、車椅子に対して、理解が少ないんだなと感じた出来事でした。

 3つ目は、物件を借りるときです。物件を見て回って、やっと何10件目かで、気に入った物件が見つかりました。不動産屋が大家さんに連絡したところ、駄目だといわれました。収入、部屋内を傷つけないことなどは伝えてもらっています。大家さんは、貸せない理由を説明する義務は無いようで、障害者だから、車椅子だから貸せないんじゃないかと思うしかなく、悔しかったです。

2 良かったこと
 1つ目はパソコンの資格取得のときです。Excelの資格だったのですが、2つのキーを押さないといけない試験内容がありました。しかし、私は1つのキーしか押せません。そのため、試験官に言えば、試験官が代わりに、もう一つのキーを押してくれるという配慮がありました。試験時間を1.5倍に延ばしてもらったのも合理的配慮でした。

 2つ目は、ライブに行ったときの事です。時間通りに行ったんですが、たくさん人が来るとグッズ購入が難しいのではと配慮していただき、開演前にグッズ購入が出来るようにしてくれました。それと、野外フェスに行ったときは、屋根のある場所でした。障害者に配慮があり、暑さに弱い頸髄損傷者である私には、本当に助かりました。

 3つ目は、飲食店での事です。ご飯を食べようと近くの飲食店に入りました。しかし、椅子が固定式で、ダメでもともとで、店員に聞いてみたところ、取り外しが出来ることがわかり、利用することが出来ました。

 4つ目は、よく使う電車で、駅員が気さくに話しかけてきてくれることです。最初は、挨拶くらいだったんですが、名前も覚えてもらって、電車が来るまで世間話したりもします。障害者差別とは違いますが、差別は無知から始まることもあるのではないかと思います。分からないから、無関心になり、その結果、溝が増えていってしまうんじゃないかなと考えます。障害者差別解消法が一般の方に認知されているかは、まだまだだと思います。しかし、電動車椅子で外に出て、いろんな方と会話したり、見られることで、ちょっとずつ社会が変わっていければと願っています。

3 海外で感じたこと
 障害を負ってから、ロサンゼルスに行く機会があり、行ったときに感じたことを書きます。まずは、街のどこにもバリアなんて感じられませんでした。入れない建物はありませんでしたし、電車にはスロープなしで乗れました。物理的なバリアフリーだけではなく、エレベーターを譲ってくれたり、扉を開けてくれたり、心のバリアフリーも感じました。そして、私のような重度障害者に自然に、当たり前のように接してくれたのには、感動しました。文化や習慣こそ違いますが、障害者差別解消法を考えたときに、この心のバリアフリーがとても大事なことだと思います。日本は、物理的なバリアフリーもですが、心のバリアフリーが遅れているように感じました。

4 地区の避難訓練参加
 この写真は、暮らしている地区の避難訓練に参加したときのものです。私のような重度障害者が、震災や天災にあったときに、どのような配慮が必要なのか話してきました。近くに住んでいる方達には、特に知っておいてもらいたいと思い参加しました。重度障害者が住んでいることを知ってもらい、少しでも障害って何なのか考えてもらえればと思います。そして、障害者差別解消法について、考えてもらえるきっかけになればと思います。まずは、知ってもらうことから始まります。皆さんも、住んでいる地域の集会などには参加されて、知ってもらってはどうでしょうか?

5 まとめ
 「配慮」という言葉だけを聞くと、ついつい「してもらうもの」「してあげるもの」というイメージを抱きがちです。「合理的配慮」の原語であるReasonable Accommodation(リーズナブルアコモデーション)には「調整・便宜」という意味合いがあります。障害のある方と健常者、「お互いにとって」過ごしやすい環境を作るにはどうすれば良いか?と考えていけば、誰もが暮らしやすい社会になっていくのではないでしょうか?


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2/24(日)大阪頸髄損傷者連絡会企画 2018年度 頸損者の身体ケア学習会 「頸損者に発症しやすい生活習慣病を予防するための食事と栄養指導」

大阪頸髄損傷者連絡会企画

2018年度 頸損者の身体ケア学習会

今回のテーマ:
「頸損者に発症しやすい生活習慣病を予防するための食事と栄養指導」

講師:三谷加乃代さん(兵庫県立リハビリテーション中央病院 栄養指導室課長)

頸損者の身体ケア学習会では、頸損特有のトラブルからくる二次障害などをテーマに
繰り返し学んできました。
今回は日々の生活の中で食事や間食など「食べる事が一番の楽しみ!」と言う方も
多いのではないでしょうか。でも心のどこかで、「最近体重が増えてきたかも!」
「糖尿病に要注意!」「運動しない、できないなぁ!」「カロリー高いよ!」などの声が
することもありますよね。
そんな私たちにとって健康な毎日を過ごすための食生活には何が大切でどんな注意を
することが大事なのか、みんなで学び気づき考え自己点検してみましょう。

■日 時…2019年2月24日(日)
       13:30受付 14:00開始 16:00終了

■場 所…大阪市立阿倍野市民学習センター 特別会議室 (あべのベルタ3階)
       大阪市阿倍野区阿倍野筋3-10-1-300 TEL 06-6634-7951)

■参加費…会員の方は無料、会員以外の方は500円(資料代)

■参加申し込み、および学習会のボランティアをしていただける方は、
事務局 info@okeison.com・fax:06-6355-3702 までご連絡ください。
                                    お待ちしています☆

※参加、ボランティア希望の方も2月18日(月)までにご連絡ください。

2019.02.24_身体ケア学習会チラシ


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大阪市の「電動車いす啓発パンフ」が発行されました

大阪市:障がいを理由とする差別の解消の推進に向けて (…>障がいのある方へ>お知らせ)より

“電動車いす”のことを知ってください(パンフレット)

 「電動車いす」には、障がいのある人たちの自立と社会参加への期待や思いが込められています!

「電動車いすは、危ない、迷惑」といった理由により、障がいのある人が入店や乗車を拒否される事例は少なくありません。

「電動車いす」であるために入店や乗車ができないのは、仕方がないのでしょうか?

大阪市では、市民及び事業者の皆様に「電動車いす」の理解を深めていただき、互いに共生できる差別のない社会の実現をめざすため、啓発パンフレットを作成しました。

一日も早く、あらゆる場面で「電動車いす」が受け入れられるようになることを期待します。

電動車いすのことを知ってください

※閲覧及び印刷は、上記イメージ又は、以下の添付ファイルをクリックしてください。

“電動車いす”のことを知ってください(パンフレット)


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1/26(土)大阪急性期・総合医療センター 第2回災害リハビリテーション支援研修会2019 「大規模災害時、重度障害者が生き残る道」

府立病院機構大阪急性期・総合医療センター「第2回災害リハビリテーション支援研修会」

大規模災害時、重度障害者が生き残る道


対象:頸髄損傷当事者およびご家族・支援者

日時:2019年1月26日(土) 13:00-14:30

場所:大阪急性期・総合医療センター
管理棟5階研修セミナー室(昨年と同じ場所です)
交通案内 | 地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪急性期・総合医療センター

大阪シティバス:あべの橋(天王寺)より市バス15分 (地下鉄谷町線1番、地下鉄御堂筋線6番出口)
府立総合医療センター下車すぐ

JR:JR阪和線長居駅より徒歩18分

地下鉄:地下鉄長居駅より徒歩20分

南海電鉄:南海高野線帝塚山駅より徒歩15分

阪堺電気軌:道上町線帝塚山4丁目駅より徒歩10分

大阪駅大阪シティバス:62系統で乗り換えなしで来院できます。
(所要時間約1時間10分)市バス構内乗り場3番

内容
「被災した頚髄損傷者への支援について」
近年の医学・医療の進歩により、頚髄損傷などで呼吸機能が低下し、終日もしくは夜間に人工呼吸器を装着しながら在宅で生活されている方が増えています。
その方々が、大規模災害時に、だれがどのように支援活動を行うか、自助、共助、公助の在り方を、災害医療の専門家を交えて考えてみたいと思います。


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