大阪頸損連絡会「頸損だより」2004冬(No.92)兵庫頸損連絡会だより ~自分の生活は自分で守る命を掛けた大行動~

頸損だより2004冬(No.92)

兵庫頸損連絡会だより

~自分の生活は自分で守る命を掛けた大行動~

兵庫頸損連絡会代表 三戸呂克美

台風、地震が日本列島を襲った。この原稿を書いている11月の時点では、被害も大きく復旧の見込みさえ立てれない状態だそうだ。崩れ落ちた土砂、陥没した道路、水に浸かった家屋・・・良くぞ無事に脱出できたと驚くばかりだ。阪神淡路の震災のとき私自身も経験した。怖かった、恐ろしかった。忘れようとしていたがこのたびのことでまた思い出してしまった。読者の皆さんも同じではなかろうか。

そんな大きく被害をもたらした台風が通過している10月20日、東京では支援費制度が介護保険に統合される反対デモが行われた。暴風雨に近い中2000人規模のデモは我々の生活危機を訴えた正に命がけの行為であった。

11月3日、大阪でも大規模のデモ行進が行われた。東京のときとは打って変わって当日は良い天気に恵まれ、大阪市内にある扇町公園に集結した当事者と支援者の数は初めの予想を大きく上回り1800人超の規模になった(実行委員会発表)。扇町公園を出発した隊列は御堂筋を通り難波までの約6キロを3時間掛けて行進しシュプレヒコールをあげながら道行く人たちに障害者の現状を訴えた。兵庫頸損連絡会も大阪頸損連絡会と共にデモ隊のしんがりをガッチリと務めた。

(文責:三戸呂克美)

 

情報保障を求めて

平岡直義 

2004年10月20日、東京・日比谷公園で冷えと雨で震えながら厚生労働省の電気がついているたくさんの窓を眺めていた。雲がぼんやりと流れていく。自身、聴覚障害で、直接支援費と介護保険とは関わっていないが、自立支援者の一人として、また一人の人間として、国で束縛され、拷問されるのをなんとか防ぎたかった思いも手伝ってのデモ参加でした。

さかのぼって、2004年8月22日明石港の防波堤の上で、たこ焼きをほおぼりながら港の人に「危ない、どけ」といわれながらも、ぼんやりともらったばかりの資料と到着するフェリーを眺めていた。

その日の13時30分に、兵庫頸損連の企画した「介護保険に組み込まれる支援費制度の行方」というテーマの勉強会に参加していた。支援費介護保険統合というフレーズが目立って聞かれるようになった時期に、支援費と介護保険を独自で勉強してきたのだけれど、支援費の利用者ではないのと介護保険の加入者ではないという大きなギャップにどうしても乗り越えられる事が出来ず、どういったシステムになっているのか、言葉だけでは理解しにくい自分としては、モデルを設定し、比較しながら進むという内容に参加してみようという気持ちになった。

ただ、気持ちとは裏腹に、手話通訳や、要約筆記といった情報保障がなされていないと、不安が出てしまい、引いてしまう。自分みたいに言葉を感じる事がうまく出来ない人には特にその手話通訳、要約筆記の需要性が高くなる。過去に裁判所や、色んなところに「用意出来ない」と言われ、一緒に傍聴する方や、参加してる方に手話通訳や要約筆記を個人的にお願いする形をとる時が度々あった。通訳者がいるのか、情報保障は出来ているのか、という事だけで安心感は大きいのです。肝心の内容や、入りたかった事が出来なかったり、自己満足や想像の領域で完了してしまう。

そんな中、この勉強会に参加申し込みする時「手話通訳の配置はどうなってるのでしょうか?」とメールしたところ、「確保します」とのお返事が早々に頂き、自身も参加者としてだけではなく、一人の人間として扱ってくれた事に、少なからず安心感と生きててよかったという安堵感、そしてやったるぞという気持ちが、同時に出てきました。手話通訳の用意だけでこういう気持ちが出るという事も単純だけど、自身に生きている強みがこみ上げてくる。

現在、まだ情報保障というのが、施設、駅や、交通などのバリアフリーと同列に扱っていない意識が今の社会には大きくある。見えない壁というのがもっともな理由だと思う。言葉は音声だけではなく、視覚的な言葉があるし、心の中にしか存在しない言葉もある。発して受け止めればそれが言葉として人々に存在していくのだけれど、発する事が出来ない、または受け止められない「言葉」も存在しています。自分はそれらを少しでも繋がる事ができた兵庫頸損連の動きに大きな感謝をささげたいと思います。

自分自身、手話でうまくコミュニケーションが取れないというのがあり、ちゃんとコミュニケーションを取る為には形よりまず人の良さを引き出す事かなと思っています。

支援費制度によるショートステイ利用

桜井龍一郎

 

10月の終わりから1週間ほどショートステイに行ってまして、三戸呂さんからそのことを書いてほしいと依頼されたときは、お受けしようかちょっと迷いました。というのも、このショートステイは私が日頃家族と暮らしているがために、家族の事情で必要になったもので、在宅介護サービスを利用して自立生活を送っていれば本来必要のないものであり、全国の障害者が地域で自立生活を行うことを目標に努力している中、皆さんに知っていただいてもあまり参考にならない情報かと思えるからです。それより、自立生活実践者の方から、その経験をお話いただいた方がよっぽど有益でしょうし、私の事例は世の中の障害者の目標に逆行するものではないかと思えるのです。それでも、参考にするかどうかは読者の皆さんに判断していただくということで、まずは自分の体験をありのままに書いてみようと思います。

支援費制度の居宅支援サービスにはショートステイもあり、今回この制度を利用しました。自治体への支給申請で月7日間の支給量を受けていまして、契約は以前に数度利用したことのあった、ショートステイサービスを行っている身体障害者施設と行いました。今回は8日間の利用が必要だったので、10月25日から11月1日と、月をまたいで計8日間の利用となりました。利用者が多く、1週間ともなる長期の利用はなかなか予約が取れず、今回の利用も半年以上前に予約を入れていました。利用している施設では最大で同時に4名までショートステイができ、予約状況が示すように、私のショートステイ中もほぼ毎日4名の利用者がありました。私は8日間の利用でしたが、私のように長期の利用は少ないようで、大抵2、3日の利用が多いようです。私と同時期の他の利用者も、だいたい2、3日で入れ替わってました。部屋は、2つが個室、1つがアコーディオンカーテンで仕切られた2人部屋で、私は2人部屋の利用となりました。個室は、共同生活に支障のある方に主に割り当てられるようです。利用者、また施設入所者は脳性まひの方が大部分で、頸髄損傷者はみた限りではいませんでした。

ショートステイサービス利用者担当のヘルパーは日中2名、夜間1名で、計10名弱ほどのメンバーでローテーションを組んで当たっていました。その他に全施設で看護師が5名おり、排便、膀胱洗浄は看護師の担当でした。一日のスケジュールは、7時起床、8時朝食、12時昼食、6時夕食、9時就寝、入浴は週3回、排便、膀胱洗浄は、こちらの希望で普段の生活通りそれぞれ週2回、週4回行ってもらいました。空き時間はもっぱら持参したノートパソコンで平日行っている仕事をしていました。ワイヤレスでインターネットに接続できる機器を用意して、初めの3日ほどは正常に通信できていたのですが、それ以降なぜかトラブルで通信できなくなり、これがちょっと痛かったです。それでもヘルパーさんはどなたも親切に介助してくださり、家の通りとはいかないまでも、快適な生活を送ることができました。

以上、私のショートステイ体験について思いつくまま書き綴ってみました。こんな状況から早く脱却して自立生活を始めろと、皆さんから叱咤の声が聞こえてきそうな内容ですが、それでも何かの参考になれば幸いです。

坂上さんが転落しそうになったノンステップバスは?

三戸呂克美

以前、会員の坂上さんがノンステップバスに乗り、降りしなに運転手の移動操作が悪く転げ落ちそうになったとメーリングリストで報告されていた。ノンステップバスとは、写真のように車いすごと乗れる路線バスのことである。

私は明石駅と県リハの路線をよく利用する。バス会社は神姫バスである。料金が安く(100円)、運行も平日は1時間に2~3本出ている。運転手がスロープの出し入れを行い介助者がいないときは介助もする。車内は座席を跳ね上げると車椅子用スペースになる。「固定は?」と聞かれるが断る。手すりを持つことでいけてるが危険だとは思う。身体の不自由な乗客が多いのでそれなりに運転はスローだが中にはへたな運転手もいる。しかし、何よりも安いのが魅力だ。利用することで運転手の技術を高めることになるだろうと思ってせっせと利用している。坂上さんが一歩も引かずに運転手、またバス会社に反省と今後の事故防止をうながせたやり方はありがたい行動だ。まだの方は一度利用してください。安くて病みつきになります。(くれぐれも乗降時、走行時は細心の注意が必要です。)

【主な活動記録】

8月22日 兵庫・大阪共催学習会『介護保険に統合される支援費制度の行方』
9月18・19日 全国代表者会議(神戸市舞子ビラ)
10月7日 明石市社協ヘルパー研修講師派遣
10月11日 兵庫県社会福祉事業団小野起生園保護者会講師派遣
10月30日 播磨看護専門学校 学校祭講師派遣
11月3日 支援費制度と介護保険との統合反対デモ参加

ナースから見た最近の医療現場【病院編】看護師 重田はるみ

さて、最近の時代の流れの速さには目を見張るばかりですが、技術が進歩し情報も大容量が瞬時にやりとりされる中で人も多様化しています。医療業界も大きな改革を求められていると思います。一番わかりやすい形ではTVなどのメディアでよく取り上げられている医療事故に関することでしょうか。患者さん本位の医療が求められるのは当然のことですが、知識が無ければ理解が難しい専門性や、今でも時々見かける「先生にお任せします」といった日本人独特の性質で長い間うやむやになっていたのだと思います。私は基本的にはコミュニケーションがしっかり取れていれば大きなトラブルにはならないと思っています。ドクターからの説明を患者さんが録音されることがありますが、緊張しすぎてたどたどしい話をしている研修医を見かけるとこれでちゃんと伝わるのかなと思ったりもします。デリケートな問題だからこそ信頼して本音で話せる関係を作っていくことが必要だと思います。私が働く病院でもサービスの向上を目指して研修をしています。患者さんからお客様という視点で捉えてホテル並みの応対をすることが主流になっていくでしょう。

長い不況が続いていますが病院も経営努力を求められています。正に生き残りを掛けた患者さんの取り合いが始まっています。コストの削減に事務方は必死の様相で現場のスタッフと話し合いを持つことも増えていると思います。本当に必要なことや医療の質は絶対に落とすべきではないと思います。

IT化の流れの中で在宅医療もますます進んでいくと思いますが、病院は患者さんの入院日数が減りベッドの回転効率があがることを考える背景もあります。ITといえばカルテの電子化ですが、すべての検査などのオーダーや記録がパソコンで処理され、患者さんを何時間も待たせることは少なくなると思います。

私は医療現場でナースとして働いていますが、最先端を行くアメリカに続いて専門性を追及する流れがあります。大学や大学院で研究をしたり認定看護師としてその分野のエキスパートとして現場で活躍するナースが増えています。救急や糖尿病、ガンなど14の分野があり指定の教育課程を修了する必要はありますが、看護ケアの質の向上につながっていくと思います。

とりとめもなく書いて来ましたが看護師として患者さんの代弁者の役割をになう者としてよりよい医療を目指していきたいと思います。

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