特集 ロードマップ:病院編 知っておきたかったこと 「縦横夢人」2020年冬号(No.27)

「縦横夢人」2020年冬号(No.27)
特集 ロードマップ:病院編

知っておきたかったこと

PDF 知っておきたかったこと

𠮷田 一毅
 頚髄を損傷して早や27年、そんなになるのかと思いつつその年月を遡ってみた。受傷して救急搬送された病院で急性期の治療を終えると、次はリハビリということで、転院することになりました。自分の置かれている状況を未だ受け入れられなかった私でしたが、時の流れには血も涙もなく、時期は必然と訪れます。不安に思っていたこと以外、具体的なことはあまり思い出せない一方、それでも、転院してしまえばリハビリや退院後の住まいについて考えることに追われ、気持ちに余裕がなかったことは漠然と思い出されます。目の前のすべきことに精一杯というか、今の自分に何ができるのか?ましてやこれから何がしたいのか?自分のことであるはずが他人事のように感じられ、頭の中は真っ白、お先真っ暗といった感じでした。
 入院していた当時、私は、先々のことを考えて不安になるより、日々のすべきことに没頭し、不安から逃れようとしていたところがありました。そんな毎日を送っていた時に知っておきたかったことは、今なら言えることなのですが、27年後の今の自分は、結構幸せであるということです。このことを、心身ともに切羽詰まった状況だった当時に知っていれば、先々のことにもう少し前向きになれたのではないか?そう思います。今の自分が結構幸せであることを、当時の自分に話してみたいですね。

 さて、目の前ばかりを見ていた入院生活(重度身体障害者更生援護施設の入所を含む)でしたが、入院にはリハビリという目的があり、退院後の生活を考えなくてはいけません。しかしながら、実感としては退院することが入院の目的でした。そして退院して目的を達成し、真っ先に気づいたのはなんと、退院はゴールではなく、通過点であったということです。勘違いにもほどがありますが、自分にとっての入院生活というのはそれほどまでに視野が狭く、若かったということもありますが、本気でそう思い込んでいました。
 しかし、泣いても笑っても、退院後の生活は既に始まっています。この先長く続く人生のスタート地点に立っていることにようやく気付き、途方に暮れていた私でしたが、しかし、先ほど述べたように現在の自分は結構幸せです。それなぜか?なぜを複数回繰り返し、自己分析を試みました。

 入院中も退院直後も、私には、気持ちにゆとりが全くありませんでした。在宅での衣食住を繰り返す生活は、ともすれば単調でしたが、軌道に乗ると案外ゆとりを取り戻すことができました。時間に余裕ができ、徐々に音楽を聴いたり本を読んだり、ちょっとした楽しみを見つけることができました。お世話になった人達や、友人知人にせっせと手紙を書いたこともありました。ゆとりを取り戻したからこそ、他のことに関心を向けることができたと言ってもいいでしょう。
 こういった、気持ちが変化していくということも、退院前には思っていませんでした。これは、住環境の整備が曲がりなりにも上手くいき、日常生活にプラスに作用したからだと思います。退院前は物理的なバリアについてのみ考えていましたが、住まいとは生活や気持ちにゆとりをもたらす場所なのだと気付かされました。
 心身にゆとりをもたらす住環境であったことは、今にして思えば幸いでした。もし、毎日の生活に追われてゆとりがなかったなら、生活を変えようという発想もなく、退院から27年経った今でも、同じ生活を続けていたかもしれません。今日まで、様々なきっかけや出会いや経験に恵まれ、現在は就労の機会も得て、実家から生活の場を移して生活しています。そういう観点からも、住環境が生活に与える影響の大きさは明らかで、毎日の積み重ねが後の人生を左右するといってもいいでしょう。退院する前に、このことを知っているのと知らないのでは大違いです。自分自身、退院の前、住環境が生活に与える影響は大きいのだろうとは思っていました。しかし、十数年、数十年単位の将来にまで影響するということには、最近になってようやく気付きました。
 また、ゆとりのある住環境は、住む人各々に優しいだけでなく、住む人の人間関係にも優しい環境であるとも思います。退院後の私は家族と同居し、長く家族の介護によって生活していました。約20年前の当時、介護に対する世間のイメージは、介護は頑張ってする、家族は特に一生懸命する、といったものが一般的だったかと思います。私の認識も、私の家族の認識も同様でした。しかし、長く介護を続けるには、ゆとりがあってこそです。介護は大変なのが当たり前ではなく、同居する家族もゆとりを持てる生活でなければならないと思います。ゆとりがなければ自分にも人にも優しくなれない、これは家族の間でも当てはまると思います。介護疲れや家族が健康を損ねるという話は本当によく聞きます。在宅での生活は介護を必要とする本人が中心になりがちですが、気を付けたいのは、同居する家族全員の生活を両立させるということです。家族の誰かが疲弊してしまうことを、家族は誰も望んでいないと思います。
 そこで、住環境の整備について1点、持論を述べたいと思います。退院前に知っておきたかったことでもあります。
 住環境は便利にし過ぎるよりも、体に適度な負荷がかかる程度にバリアを残しておいた方がいいという意見があります。この点については賛否両論ありますが、私はやはり、ゆとりがある家が良いと思っています。外に出れば、社会に出れば、嫌というほど、うんざりするくらい、たくさんのバリアに向き合わなければなりません。通院、買い物、外食、旅行などから、へとへとでも、ふらふらでも、べろんべろんでも安心して帰ってこれる我が家であって欲しいと私は思います。

 図らずも、退院した日から在宅での生活がスタートしたのですが、住環境についてあれこれ考えた日々は、障害者として踏み出した最初の一歩でもありました。あらゆる面で、今の自分の原点といえます。具体的でなくなってしまいましたが、私が知っておきたかったこととは、今の自分が結構幸せであることです。ゆとりがあってこそ、明日の自分、ひいては将来の自分に目を向けることができるのではないかと思います。
 ちなみに、結構幸せ…と、わざわざ結構を付けているのは、今の自分にはまだまだ不満があるからで、今後も向上心を持ち続けたいと思います。

 そして、どうやら紙面にもゆとりができてしまいました。知っておきたかったことは以上なのですが、今の自分が結構幸せであるのは、楽しみがあることがその理由の一つで、そのことについても触れたいと思います。

 昨年秋のラグビーワールドカップ、盛り上がりましたね!

 写真は、ワールドカップ観戦前、昼間っから一杯やっているところです。瓶のハイネケンはラッパ飲みするのですね!コップは頼まないと持ってきてくれないようです。普段あまり飲まない私ですが、この時ばかりは、駅を降りたらまず飲んで、スタジアムに着いてもすぐ飲んで、駅に戻ってまた飲んで…。もちろん飲むのがメインではなく、観戦が目的です。この感動は一生に一度でした!


観客席からでもこの炎、結構熱いです。

カテゴリー: 機関誌「縦横夢人」記事 パーマリンク