兵庫頸損連絡会機関誌の発行に寄せて

縦横夢人2010年創刊号(No.1)2010年9月1日発行

兵庫頸髄損傷者連絡会 会長 三戸呂克美

 今年の夏は特に蒸し暑い(ように感じる)。梅雨がいつ終わるのか定かでなかった時、各地で水害が出ていることが毎日のように報道されていた。ゲリラ的にピンポイントで集中豪雨があり、一気に水が押し寄せその影響で山やガケ崩れが続出するといったことが起きていた。この異常気象は地球温暖化の影響と言われているが今後何が起こるか分からないのが現実だ。
 参議院選挙も終わり民主党が惨敗したことでマスコミが面白おかしく騒いでいるが、我々にとって気になるのは「障がい者制度改革」にどのような影響が出るかである。政権が交代していないので障がい者制度改革推進本部は継続されるであろうとは思うが中身がどうなるかが気になるところだ。目を離さずにしっかりと見守って行かなければならない。
 さて、今回兵庫独自の機関誌を発行することになった。実は、事務局通信を市民公開講座の配布資料として作成し、参加された人にはお渡しした。今回発行するのは機関誌であり創刊号である。
 兵庫頸損連絡会(兵庫頸損会と略す。)が2003年4月に発足して7年が過ぎた。現在、当事者である正会員23名、協力会員2名の所帯だ。「発足してまだ7年か」、と不思議に思われるかもしれない。関西圏に頸損会があるのは京都と大阪で、双方には30年近い歴史がある。頸髄を損傷した人の多くは大阪の枚方市にある“星ヶ丘厚生年金病院”に入院をした。1960年~90年代の星ヶ丘病院は脊損病棟といって脊髄損傷に特化した病棟(現在の兵庫リハ病院4階東病棟)があり、多くの脊髄(頸髄)損傷者が入院をし、巣立っていった。その中には兵庫県在住者も多くいた。
 患者会は、出身病院、主治医などのつながりで作られる場合が多く、大阪の頸損会もご多分にもれず星ヶ丘病院出身者が多かった。現に兵庫頸損会の重鎮である、坂上、桜井は星ヶ丘病院出身であり大阪頸損連絡会設立時のメンバーでもある。しかし、その後兵庫リハが脊損より重度の頸損を多く受け入れ出したことから頸損者の拠点となっていった。自立生活訓練センターが出来て益々頸損者の入所者が増えたことも兵庫頸損会設立の要因にもなった。(参考文献:兵庫の歩みから)
 兵庫県は広大であり北は日本海、南は淡路島まで、また東西にも広くその中には頸損者が何人いるのかも把握できていない。情報も無く日々不安に暮らしている仲間に送る機関誌は、情報の発信と会員の声を届ける“つなぎ”の役目がある。
 我々は決してあきらめない。「You are not alone」(一人じゃないよ、一人にはさせない)のスローガンの下、どんな重度の障害があろうと住み易い兵庫にするため皆さんと共に歩みたい。


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