「縦横夢人」2019年春号(No.24)
特集 褥瘡
「褥瘡との遭遇」
大阪頸髄損傷者連絡会 赤尾 広明
●ある朝突然に…
僕は日頃から体の隅々まで念入りにチェックしていますが、それでも突然発症するのが褥瘡です。突然といっても必ず原因はありますが、主因は圧迫が多いかな。自分の体重等によって体のどこかが長時間にわたって圧迫されていたとしたら、血流が悪くなって十分な酸素も栄養も行き届かなくなった皮膚の細胞が次々と壊死し、あれよあれよという間に悪化してしまうのですが、一度できてしまったら取り返しのつかないことにもなりかねません。
僕自身は頸損になってからトータルで16年近くは褥瘡に悩まされてきたので、これまでの人生のうち約3分の1は褥瘡とともに歩んできました。今思えば短慮による過ちでしたが、最初にできたのは頸髄損傷になって4年目です。右坐骨の発赤に気づきながら、無知ゆえに適切な処置ができなかったことで小さな傷のようになったその褥瘡は日に日に悪化の一途。やむなく入院を余儀なくされ、“筋皮弁術”という手術を行い、約3ヶ月で退院しました。しかし、これがすべての始まりだったのです。その3ヶ月後に同じ部位で褥瘡が再発し、再び入院するハメとなって“筋皮弁術”を行うも虚しく、その2年後にはまたまた再発したので3度目の“筋皮弁術”を行い、ようやく褥瘡地獄のループから抜け出したと思ったのも束の間で、その後また再発。これだけ再発を繰り返すなら「どうせ入院しても治らないだろう」という投げやりな諦めモードになっていた僕は在宅で治療を続けることにしました。でも、出血を伴う処置にはやがて限界が生じ、往診で診てくれていた医者の勧めもあって大阪大学付属病院の形成外科に入院。今度こそ…と信じて4度目の“筋皮弁術”を行った結果、これまでと違ってとてもキレイに治ったのですよね。
ある日突然褥瘡ができてから約14年にわたる長き闘いはこれにていったんピリオドが打てました。再発に怯える日々からも血まみれのガーゼを見る恐怖からも解放され、メンタル的にはとても快適になりました。
ワンポイント
褥瘡で診察してもらうなら皮膚科
または形成外科をオススメ!
※あくまで個人の見解です
●第2ラウンド
坐骨の褥瘡は2004年5月の手術を最後に現在に至るまで再発することなく、不安に感じることもないまま順調に過ごせていますが、意外なところに落とし穴がありました。通常はあまりできないような部位が次々と褥瘡に見舞われるのです。
(↓左足のふくらはぎ全体↓)
この写真はふくらはぎ全体にわたって縦長にできた褥瘡です。肉芽が形成されてこれから治っていくところですが、気が遠くなるほど同じ処置を繰り返す日々にメンタルはまたボロボロでした。完治するまでに8ヶ月かかりましたが、今はキレイに治って再発することもありません。
(↑左ひじのやや内側↑)
他にも肘の裏、足の裏、足の小指、かかとにも褥瘡ができました。それぞれ原因はシンプルな圧迫だったのですが、あまり深く追求することがなかったので、結果的に最悪の状況を自ら生み出したわけです。この機会に車いす上の姿勢を見直し、硬いフットレストにクッションを充て、見た目で選んでいた靴もサイズだけでなく、例えば小指が窮屈にならないようなサンダルを選ぶなど工夫を凝らし、褥瘡の治療と並行して荷重の軽減を試行錯誤する日々が続きました。
(↓左足の小指外側↓)
小指にできた褥瘡は肉芽が盛り上がってくるイメージがないだけに焦りましたが、創が浅かったので自然治癒できました。ちなみに小指が内側に曲がってるのは骨折の疑いがあります。
ホンマに一瞬のことなのですが、危険信号が出たらすぐに状況を分析し、何らかの対策を講じなければわずか数時間でも悪化しちゃうのですよね。そして、完治するまでには数週間から数ヶ月の時間を要するので、部位によっては車いすNGで寝たきりの生活を余儀なくされます。そんな生活を自ら望む人はいないと思いますが、感覚のない頸損者であれば誰の身にもある日突然やってくるリスクがあるわけで…だからこそ、褥瘡は最初の対応が肝心。もちろん、日頃から予防しておくことはもっと大切だけど、「これはヤバイ」と思ったらすぐに病院で診察してもらった方が良いかと思います。「油断大敵」は褥瘡を未然に防ぐ重要なキーワードです。僕自身、肘や足裏等の第2ラウンドの闘いだけでまた多くの時間を費やしました。それでもまだ“褥瘡”という名の怪物は襲いかかってくるんだからたまったもんじゃない。現在治療中の褥瘡はさすがにファイナルラウンドにしたいところですが、思わぬ形で姿を現した“ヤツ”はかなりの難敵でした。
(↑左足の裏↑)
●その褥瘡に用はない
2018年11月末。僕は右足首を3ヶ所骨折しました。これがかなりの重傷で、本来であれば即手術というレベル。痛みがないから平気でいられるものの、やはり骨折には大きな代償が伴います。患部をギブスで固定するのは褥瘡リスクが高いので、手術はせずにシーネ固定で自然治癒を待つしかなく、約3ヶ月は自宅安静でした。ここまでは過去2度の骨折経験から想定内だったのですが、骨折でズレた腓骨の先端部分の過干渉によって皮下に潰瘍ができてしまったのは大誤算。過去にもシーネ固定でふくらはぎとかかとにも褥瘡を作りましたが、外部から加わる物理的な圧迫ではなく、内側からの圧迫によって褥瘡ができたのは初めて。しかし、その初めてが恐ろしい。まさか骨折でこんなことになるなんてまったく考えもしなかったです。
★2018年12月5日(骨折から11日目)
骨折部位なので最初はただ腫れてるだけでした。写真では分かりにくいかもしれませんが、皮膚はまだ破けてません。
★2019年1月21日(骨折から58日目)
異変があったのは12月半ば頃からで、表面の皮膚が破れ、そこから突如姿を現したのはまぎれもなく褥瘡でした。創部は1月2日にはもう真っ黒な壊死組織で埋め尽くされ、21日にはデブリ(壊死組織を除去して創を清浄化する治療法)を行いました。デブリをすれば褥瘡は大きくなりますが、不良肉芽をそのまま残しておいても治りません。それどころか、新たに良性肉芽を形成する妨げとなるだけなのですよね。このタイミングでデブリをして、創をまっさらでキレイな状態にしておく必要があったのです。
(↓創部は黒色壊死組織だらけ↓)
骨折から2ヶ月でデブリをした結果、下の写真のような状態となりました。ため息が出るくらい深くて大きい創になりましたが、静脈が近いこともあって、少しでも動かしたら折れた腓骨の先端が過干渉して大量に出血するような事態となるんです。僕的にはマジでこのまま出血死してしまいそうな恐怖感たっぷりでしたが…。
(↑くるぶしの上にできた褥瘡↑)
★2019年2月14日(骨折から75日目)
骨折のための通院がいつしか褥瘡治療のための通院となってしまい、その度に大量に出血するのが精神的にかなりの苦痛で…でも、さすがにこの状況では在宅で治癒する見込みは少なく、リスクも高い。とはいえ生命にも関わることなので選択の余地はなく、入院した方が安心して骨折と褥瘡の治療ができることもあって、バレンタインデーに入院しました。
入院中は創部を丁寧に洗浄し、良性の肉芽形成を促しながら褥瘡が縮小することを目的としていましたが、肉芽の増生に大きく貢献したのは食事時に朝夕1日2回提供される“オルニュート”という名称の栄養食品でした。入院してからわずか1週間で半分くらいのサイズに縮小したんですよね。オルニュートの「創部を縮小させるスピード」は衝撃的でしたが、とりあえず「褥瘡は栄養が重要」と肝に銘じているので、苦手な病院食もモリモリ食べたし、それでもまだカロリーが足りないので間食もしながら、太るの覚悟で毎日ガッツリと食べてました。入院となれば「規則正しい生活」が強制されるようなもんなんで、もともと超不規則な僕にとってはある意味良かったのかもしれません。
◇オルニュートとは?
褥瘡などの創傷治癒に有効な栄養素を補う栄 養食品。主成分の“オルニチン”は成長ホル モン分泌促進作用、コラーゲンの合成促進、 細胞分裂促進といった効果を有し、創部を縮 小させるスピードが速い。食物ではしじみに 多く含まれています。 ドラッグストアやネット通販でも市販されて います。
※使用上の注意
アミノ酸(オルニチン・グルタミン)を多く 含有する食品ですので医師・栄養士などの指 導によりご使用ください。特に腎疾患のある 方はご注意ください。
★2019年4月21日(骨折から112日)
6週間の入院生活を経て退院する頃にはなんとかピークを過ぎて、治る方向に向かってきたところ。周囲から少しずつ肉芽が形成され、創はだいぶ浅くなって色もいい。
しかし、好事魔多し。順調に回復しているようで喜んでいたところでポケット(写真の矢印部分)が見つかったのです。入り口は赤ちゃん用の極細綿棒しか入らないくらいものすごく小さいのに、奥行きが1センチくらいあって深い。ポケット内が感染していれば治らないし、創面からの滲出液も除去しなければ肉芽形成の妨げとなるので、水道水でポケット内をしっかりと洗浄してキレイに洗い落とす必要がありました。感染抑制力のあるカデックス軟膏をつけていたので、創面にこびりつくカデックスの残骸もしっかりと洗い落とします。
創の大きさは縦2センチで横1センチ。見た目的にはあと少しなのですが、まだ時間はかかりそう。このまま上皮化すればポケットは閉鎖されますが、創面が感染したままポケットの入り口をフタするように上から肉芽が増生してしまったらアウト。見た目完治したとしても悪夢再びで、細菌感染から再発する不安がつきまとうのは目に見えてます。ポケットを切開すればまた時計の針を巻き戻すかのように闘病生活やり直しなので悩みどころ。オルニュートを購入し、サプリで亜鉛とか鉄分、銅等も補うか。いずれにしても良性肉芽が形成されていくのを待つしかありません。
在宅で治療中(4月25日現在)
●もう一つの闘い
シーネによる圧迫でかかとに褥瘡ができやすいことは分かっていながら、それでも骨折部位を安定させるには添え木となるシーネは不可欠なので、痛し痒し。かかとは踵骨に近く、皮下脂肪がガチガチに硬いから、こんなところに褥瘡ができたら簡単には治りません。左足首の骨折時も褥瘡ができましたが、今回はその時よりも深かったので厄介で、このまま治りが悪ければまた入院して“植皮術“と呼ばれる手術も必要だったのですが、4月24日、ほぼ完治しました。くるぶしよりも時間かかると思いましたが、クッションを活用した徐圧がうまくできていた証かな。
(↑左足のかかと↑)
●三度目の正直
さて、そろそろまとめになりますが、僕自身が味わってきた褥瘡体験は3つのカテゴリーに分けることができます。最初は無知がきっかけの褥瘡で、手術がうまくいかなかったことで再発を繰り返しながら長期化しました。2度目はアームレストやフットレストと接触する部位に強い荷重がかかったことが原因の褥瘡。そして、今回は骨折が招いた褥瘡。治るたびに「もう二度と作らない」と心に誓うのですが、まったく学習できてないですね。「三度目の正直」なうです。もうかれこれ5ヶ月近く、ほぼ寝たきりの生活が続いていて、関節の拘縮が進み、着替えや車いす移乗等の日常生活にも支障が出てきました。この原稿をみなさんが目にする頃にはもう完治しているかもしれません…いや、そうあってほしいと願ってますが、一寸先は闇ですから、いつ何時褥瘡ができるか分からないので、まだまだ気を抜けません。
●予防と早期発見の重要性
当たり前ですが、褥瘡はできないにこしたことはありません。でも、できてしまったとしたら必ず原因があるはずです。繰り返しになりますが、最たる外因としては局所圧迫、内因としては低栄養ですが、一度できてしまったらたくさんの栄養を摂らなければ治りません。予防するためには体圧分散だけでなく、栄養管理も重要になってきますね。また、褥瘡は経済的コストもハンパない。皮膚に優しいテープ類とかスプレー、ガーゼや創傷被覆材(キズや火傷、褥瘡を覆う素材)の類は自己負担ですし、高栄養のオルニュートやメイバランスといったドリンクタイプの栄養食品も褥瘡の治癒促進効果があるとはいえ、高い。それだけではなく、訪問看護を含めたマンパワーも必要で、考えれば考えるほど褥瘡はろくなもんじゃないですわ。さらには感染症からの敗血症で死に至るケースも少なくないわけで、僕自身、最初の褥瘡は病院内でMRSAに感染していたことで敗血症寸前でしたからね。人生における損失を数えたらキリがありませんが、ただ言えるのは治療に費やした時間はもう取り戻せないということ。
予防…そして早期発見がどれだけ重要なのかは褥瘡ができてから意識しても手遅れ。未然に防げるんだから、わざわざ自ら損失を被る必要はありません。決して他人事ではなく、明日は我が身なのが褥瘡というもの。そう言いながら僕自身が再三にわたって褥瘡に見舞われてるだけに説得力なく、意識が甘いのは否めないですが、経験者だからこそ最後にもう一度言わせてください。
重要ポイント!
低栄養→褥瘡を発症しやすくなる。
低栄養→褥瘡が治りにくくなる。
褥瘡はバランスの良い食生活が予防面でも治療面でも重要。圧迫にも要注意!
僕の闘いはまたしばらく続きそうです。
モノクロ写真では分かりにくいと思いますが、
ご容赦ください。